抄録
アフリカ大陸南西部に位置するナミビアは、全土が乾燥気候である。なかでも特に、沙漠気候に属する大西洋岸は乾燥が強く、海岸沿いにはナミブ沙漠が広がっている。ナミブ沙漠中央部には枯れ川のクイセブ川が流れ、その下流域にはクイセブデルタが形成されている。ここには、現地語(ナマ語)で!Naraと呼ばれるウリ科の草本植物、ナラAcanthosicyos horridusが群生している。
クイセブ川流域に暮らすトップナールは、この地域に生育するナラを採集しては、食事や現金収入源として利用してきた(Seely 1973)。彼らはヤギの牧畜などの生業を営みながら、特にナラという植物に強く依存した生活を営んできたが、近年ではナラの生育が悪化し、その結果採集量が減少するという問題が起こってきている(Shilomboleni 1998)。
しかしながら、いかなる原因によってナラの生育が悪化しているのか、またナラの採集量の減少が、トップナールの生活にどのような影響を及ぼしているのかについては十分明らかにされていない。
そこで本研究では、トップナールの生活とナラ植生との関係を明らかにしたうえで、ナラの生育悪化が人々に与える影響およびその原因を究明することを目的とする。まずトップナールによるナラの利用について具体的に示し、さらに、ナラの採集量と人々の生活の変化に着目し、ナラの生育悪化の原因につながった社会的・生態的背景について分析していく。最後に、トップナールを取り巻く現時点での問題点と今後の展望についても検討する。
トップナールは、ウォルビスベイの約500_km_北にあるセスフォンテイン地域に暮らすトップナールの一部が移動し、14世紀の初頭にクイセブ川の流域に定住したと記録され、当時からナラの採集をおこなっていた(Eynden, Vernemmen & Damme 1992)。
トップナールにとって、ナラは採集期にはほとんど唯一の食料となる。また、ナラの果実(ナラメロン)から取れる種子(バターナッツ)を売ることで現金を得ることができ、ナラは数少ない現金収入源のひとつでもある。実際、彼らの年間収入のうち43%もの収入がナラの種子を売ることによって得た収入であり(Shilomboleni, 1998)、ナラからの収入が現金を手に入れる唯一の手段である人々は、採集者全体の40%にものぼる。
ナラの生態が悪化した理由として、最も大きな原因と考えられるのが、洪水防止堤防の建設である。クイセブ川下流にあるウォルビスベイの町を洪水の被害から守るために、1961年に、それまでローイバンク付近で二手に分流していた地点に堤防を作り、町へ流れる方の支流(旧支流)を止めた。その結果、旧支流域に広がっていたナラの群生地(ナラフィールド)の水分条件が悪化した。従来、洪水によってナラの古い個体が取り払われ、新たに発芽するという天然更新がおこなわれていた。しかし堤防建設後、旧支流で洪水がなくなったことによって天然更新が生じなくなり、水分供給量が減少し、それがナラの生育不良につながっていると考えられる。
また、ナラは成長過程で自らの株の周辺に飛砂を溜めて小高いマウンドを形成するが、そのマウンドを洪水が洗い流す作用もあった。しかし洪水による浸食がなくなり、飛砂の堆積でマウンドが成長し、さらに近年の地下水位の低下も影響してナラが地下水を吸い上げることが困難になり、植物体への水分ストレスが生じたことも関係しているだろう。
GTRC(Gobabeb Training and Research Center)では、ナラフィールドにおけるナラの生育改善の取り組みとして、フォグスクリーンを利用した水分供給実験をおこなっている。実用化にはいくつかの課題が存在するものの、水資源の少ないこの地域において、この取り組みはナラの生育を改善するには最も良い方法のひとつであると考えられる。
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究A(1)(研究代表者:水野一晴)「アフリカ半乾燥地域における環境変動と人間活動に関する研究」の一環として行われている。