日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
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コンヴァンシオン経済学の展開と「食」の地理
*立見 淳哉
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p. 24

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抄録
1.背景 本報告では、「食」の地理における、コンヴァンシオン経済学(l’Économie des Conventions: 以下、EC)の展開について扱う。ECは、1980年代のフランスで誕生したが、その起源は一つではない。統計的カテゴリーの構築と格付け作用、ドーリンジャーとピオリの「内部労働市場」論、金融市場の予測構造に関するケインズの分析など、異なるテーマをめぐる研究が相互に歩み寄り、1980年代後半に「コンヴァンシオン経済学」が成立することとなったのである。 2.特徴と主要な研究者 ECは多様な議論を包含しているが、それらに共通の特徴を二つ挙げるとすれば、それはアクターの認知的活動における事物(les objets)の役割を考慮することと、人間の価値判断能力を重視しながら現実世界の社会的構成(social construction)のあり方を問題にすることであろう。 前者の背景には、近年の認知科学における分散認知(distributed cognition)理論の進展がある。知識は「頭の中」だけではなく外界にも分散しており、したがって認知も「頭の中」における情報処理過程としてのみ捉えられるものではなく、むしろ自己、他者、人工物、制度といったもののインタラクションの中で集合的に、あるいは関係論的に実現されるものであるとの見方である。後者には社会構成主義の展開がある。なかでも、ラトゥールとウールガーの『実験室生活』(1979)以来、「科学の人類学」として蓄積されてきた、詳細なエスノグラフィーに基づいて科学的知識の構築過程を解明する研究が重要である。 このようなECの特徴の大部分は、ラトゥールの同僚であるミシェル・カロンが主張するアクターネットワーク理論(ANT)にも当てはまる。しかし、ANTがラディカルな仕方で人間_-_非人間あるいは社会_-_自然の区別を取り払うのに対し、ECは非人間的な諸要素を十分に考慮しつつも、正義や社会的公正に関する人間の評価能力を強調している。このような、集合的認知における人間の中心性を依然として擁護するECの研究手続きは、「一新された方法論的個人主義」と呼びうるものである。 ANTがフードネットワーク論に理論的な根拠を与えたとすれば、ECは主として食料の「質(quality)」をめぐる議論において受容されてきた(Atkins and Bowler 2001)。先進諸国においては、消費者は食料の質(とくにその安全性)にいっそう敏感になり、しばしば上質な食料とはローカルかつ自然な製品を意味するようになってきている。郷土や自然を刻印した食料の質を構築することが競争優位の源泉となりうる。   Murdoch, Marsden and Banks(2001)によると、ANTとECはともに社会と自然の異種混交性を主張するが、食料の質の分析についてはECがより有用である(とりわけ、Eymard-Duvernay, Boltanski and Thévenot, Storper and Salaisの研究)。ECは、特定の質がアクター間の交渉の結果生み出される、質の構築のダイナミズムに接近する分析道具を与えてくれるからである。コンヴァンショニストとレギュラシオニストの共同研究の成果である『農業の大転換』(1995: 邦訳1997)では、コンヴァンシオン理論から刺激を受けたフランス国立農業研究所(INRA)の研究者によって食料の質の構築にかかわる豊富な事例研究が提供されている。3.日本の地理学における展望 わが国ではECの研究プログラム自体が十分に理解されておらず!)須田文明による先駆的な研究があるにせよ!)、地理学における展望を得るには時期尚早という感を否定できない。まずは、食料研究におけるECの分析枠組みがフランスと日本という地理的差異を越えて活用可能かどうかを意識しながら、事例研究とあわせてその理論内容を検討していく作業が必要となろう。
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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