抄録
_I_ はじめに 児童・生徒の空間認識は,都道府県の位置(田中・杉山 1989; 宮原 1995)や身近な地域(寺本 1984)について多くの調査がなされている.社会を地域という枠組みで捉える過程で,児童・生徒は地形や気候などの自然環境を基本条件とする(小林 1985)一方で,気候現象の空間認識についてはこれまで十分な議論が行われてこなかった.気候現象は,出現場所や空間スケールにある程度の規則性があるものの,都道府県境界や身近な人工物,地形などのように固定・明確化された事象ではない.空間的抽象度の高い気候現象に対する児童・生徒の空間認識を知ることは,自然環境の教材性を考慮した授業づくり,カリキュラム構築の手がかりとなる.他方,小・中学校段階では,地域の人々の暮らしとともに,地形や気候などの自然環境について興味・関心をもつことが多いが(石井 1993),自然現象の成因理解の欠如が,児童・生徒の地理学習に対する苦手意識に関与している(長坂 1995).しかしながら,現象の成因理解の程度などは明確にされていない.本研究では,気候現象のうち成因および空間的広がりが比較的具体的な多雪を対象とし,アンケート調査に基づいて多雪域の空間(位置・空間スケール)認識と形成成因および社会事象の理解程度との関係を明らかにする._II_ 調査および方法 高等学校における地理の履修状況(辰巳 2005)を踏まえ,学校教育の地理学習において,空間認識を体系化する基盤づくりの最終段階となる場合が多い中学校2年生(東京都豊島区・私立)の男子188名を対象に2005年6月3日にアンケート調査(質問紙による)を実施した.多雪域の空間認識は,日本を中心とした領域について地図上で網域(以下認識域とする)として示させ,対象領域の緯度経度1度間隔の領域内における網域の出現の有(1)無(0)によって認識域を捉え,それを認識域成分とした.そして,認識域の空間分布パタンを知るために,全ての認識域成分に対してクラスター分析を施し,認識域の空間分布を5個に類型化した.なお,調査時までの降雪に関する既習地域は,対象領域の一部であると想定される._III_ 多雪域の認識域空間分布とその因子 認識域の中心や範囲はパタンによって異なり,実際の年間降雪量分布(顕著な多雪域は大陸東部においてはわずかで,日本列島_-_北海道の日本海沿岸において明瞭)と中学校2年生の多雪域の空間認識にはずれが認められる(図 参照).北緯35度以北の広域に認識域が見いだされるパタンには,海洋を含めたものとして,大陸東部_-_東北地方_-_北海道を中心に認識域が認められるパタン(_I_),北海道_-_オホーツク海を中心に対象領域北東部に認識域が認められるパタン(_II_)がある.パタン_III_は,大陸北部および日本列島の日本海沿岸_-_北海道の陸域を中心に認識域が認められる.これらのパタンは,多雪域の形成成因を「寒いから」と回答した割合が高い(平均47%).日本を認識域の中心としたパタンには,日本列島の日本海沿岸_-_北海道とその沿岸遠方まで認識域が認められるパタン(_IV_),日本列島の日本海沿岸_-_北海道に認識域が認められるパタン(_V_)がある.これらのパタンにおいても多雪域の形成成因を「寒いから」とした回答(平均27%)がみられるが,一般的解釈に近い回答として「冬季に大陸からの北西季節風が日本海を吹送し,そこで水蒸気を含んだ気流が山脈に衝突することによっている」との回答があげられ,この割合が現実の多雪域と近似した認識域パタン(_V_)で最も高い(33%).多雪域を判断するに至った情報獲得の場は,いずれのパタンも「天気予報」(平均65%)などのメディアを媒体とする割合が高い.「訪問・滞在経験」,「授業」を情報獲得の場とした回答割合は平均25%程度である.なお,情報獲得の場にはパタンによる系統的差異は認められない.社会事象については,全パタンに共通して「雪かき」とした回答割合が高い(平均32%)が,パタン_IV_,_V_で建築物構造,消雪設備などの具体物を回答する割合が高い.ここで,多雪域の形成成因を「分からない」と回答した割合はパタン_V_で39%であるが,それらの生徒は,社会事象について具体物を回答する割合が同パタンの平均より高い.以上のことから,現実の多雪域と近似した認識域パタンでは多雪域の形成成因理解の程度が高い傾向が認められ,形成成因理解が空間認識の因子の一つであるといえる.また,多雪域における社会事象の具体的認識も空間認識に関わっていることが考えられる.多雪の成因理解は転移力を有し,未習地域の現象を捉えることにも有効である.したがって,事例学習が多い小・中学校段階において社会事象と関連した自然現象の成因は必要な学習内容の一つであると考えられる.