日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
会議情報

新しい世界地誌教育のあり方を考える(その1)
従来の世界地誌の問題点と新しい世界地誌の構築へ向けての展望
*泉 貴久
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p. 52

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抄録

従来の世界地誌学習は、対象地域に存在する地理的諸事象を丹念に記述していく方法がとられていた。そこでは刻一刻と変化していく地域の様子をダイナミックにとらえていく視点はどちらかといえば欠落していたといえる。そして、そのことが内容面において平板な知識の羅列を招くとともに、「地理=暗記科目」という誤った図式を生み出すことにつながっていったといえる。確かに、地名・物産名等の地理的知識を網羅的に暗記させることだけを目的に地誌学習を展開するのであれば、地理的諸事象を互いに結びつけて地域そのものをトータルにかつダイナミックにとらえていこうとする学習活動それ自体がおざなりにされてしまうことになる。それゆえ、例えば、「インド=カレー」、「フィリピン=バナナ」というように、地域に対するステレオタイプを生み出す結果へとおのずとつながっていくことになる。また、暗記学習の場合、知識的側面からの地域認識の形成が可能であっても、地域に生きる人々の姿を生き生きととらえていく姿勢、あるいは地域の抱えている諸課題をきちんと受け止めていく姿勢などの態度的側面からの地域認識の形成は不可能であるといえる。すなわち、知識を習得することにのみ学習活動が傾斜し、地域住民の持つ文化とその根底に流れる価値観、あるいは地域特有の社会構造といった「その先にあるもの」を追究していこうとする探究的活動がおざなりになるのなら、世界地誌を学ぶことの本来の意味それ自体が希薄化することになるであろう。地理教育の目的が「地域性を踏まえた社会的諸問題の考察やその解決策の模索、地域づくりへ向けての社会参加」にあるのなら、世界地誌教育本来のあり方について発表者は次のように定義する。すなわち、「地域を固定観念を持って見ずに、そこに居住する住民、ないしはそこに存在する自然的・社会的諸事象を有機的に関連づけながらダイナミックにとらえていく視点を身につけていくとともに、地域に潜む諸問題を現地で生活する人々の視点に立って考え、それを自分自身の問題として解決していくための能力を身につけていくこと」と定義づけたい。また、この定義をもとに世界地誌教育の目的について考えた場合、以下にあげる五つの点に集約することができる。_丸1_ 地域の現状を動態的に把握する視点(変化の視点)を身につけること。_丸2_ 異文化理解(地域に生きる人々への共感)の態度を養うこと。_丸3_ 地域性を踏まえた現代的諸課題への解決策を模索すること。_丸4_ 地域性を踏まえた将来像(社会政策)を提言すること。_丸5_ 自身の足もとと世界とを結びつけるグローバルな視野を身につけること。すなわち、「地域の現状と変化の動向を幅広くとらえていく洞察力」「異文化に対する寛容な態度」「地域性を踏まえた諸課題の解決能力」「地域の将来を見据えた政策提言能力」「地球市民としての姿勢」といった諸能力の育成に世界地誌教育本来の意義があるものと発表者は考える。いうなれば、地域への幅広い認識を通じて、より良い地球社会の構築に向けての態度や行動力を育成することに世界地誌教育の究極の目標があるといえるだろう。なお、こうした見解は、沈滞化する地誌学習の活性化を図る意味において極めて重要といえる。また、歴史教育や公民教育とともに社会認識形成・市民的資質育成教科としての一端を担うべき地理教育の役割について再検討していくきっかけともなるであろう。

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