日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
会議情報

市町村合併とガバナンスの再編成
長野県松本市における公共土木事業を事例に
*武者 忠彦
著者情報
会議録・要旨集 フリー

p. 56

詳細
抄録

「平成の大合併」では,行政需要の増大や地方分権に対応するための市町村の財政問題がクローズアップされているが,市町村合併の本質は,市町村の組織強化,すなわち行政体制整備の問題である(小西,2005).もっとも,市町村行政が文字通り行政のみによって担われている政策分野はむしろ例外的であり,市町村の政策過程には,農協や商工会議所などの利益団体,近年ではNPOや住民団体などが関与することが一般的である.こうした行政と様々なアクターとの関係にもとづく行政体制に対して,近年は「ガバナンス」という概念が用いられることが多くなっており,市町村合併は単なる行政体制整備の問題ではなく,行政以外のアクターも含めたガバナンスの再編成の問題として捉えることも可能である.本研究では,公共土木事業をめぐるガバナンスに着目し,その実態と市町村合併後の課題について,指名競争入札データやインタビューデータなどをもとに議論する.事例とした地域は,長野県松本市(2005年3月に四賀村,梓川村,安曇村,奈川村の周辺4村を編入合併)である. 市町村の目的別歳出において土木費が常に大きな比重を占めてきたように,高度成長期以降,公共土木事業の円滑な実施と,それによる都市基盤整備は市町村行政の重要な課題であった.一方で,公共土木事業は建設業の利害とも密接に関係することから,首長,行政,議員,地元建設業者など公共土木事業に関与するアクターの間の調整によって,各自治体ごとにガバナンスが確保されてきたと考えられる.事例地域の松本市において,建設業の産業組織は,合併前の各自治体の規模や地理的条件,建設業の歴史性を反映して大きく異なっていた.たとえば,松本市を除く周辺4村だけを比較しても,上高地の道路事業や犀川の砂防事業など,県発注の大規模事業が多い北アルプス山麓の安曇村と奈川村は,限られた大規模業者を中心としたピラミッド型の産業組織となっているのに対し,梓川村と四賀村は中規模業者が並立する産業組織となっていた.また,事業の入札に関しては,過去に実施した事業の隣接地域を優先的に落札できる「つづき」や,比較的大規模の事業を業者間の話し合いや首長の介入によって受注調整する「政治的配分」,小規模の事業を順番に受注する「規則的配分」など,各自治体で共通したルールが存在することが,指名競争入札データの分析から明らかになった.各自治体の行政は,こうした業者間の調整ルールを容認することで地元業者の経営安定化を支持する一方で,災害などの緊急時や除雪作業などは地元業者のボランティア的対応に依存していた.業者側にも,指名競争入札から除外されないように工事の質を維持し,災害や除雪作業はある程度採算度外視で対応するという行動原理がみられた.このように,公共土木事業は各自治体内における行政と地元建設業者との相互依存関係を中心に運営されていることが明らかとなった.しかし,市町村合併にともなって公共土木事業の発注が新松本市に一元化され,旧自治体内ごとに形成されていたルールやアクター間の調整様式が無効となる事態が生じている.これによって他地域の業者との競合が発生し,事業の効率性や公正性の向上が期待される一方で,災害対応や工事監理などに関する新たな行政コスト発生や,地元建設業の急激な再編などへの対応が課題となるだろう.

著者関連情報
© 2005 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top