日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
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瀬戸内海沿岸農業流域における地下水の硝酸性窒素濃度およびδ15N値の分布特性
*齋藤 光代小野寺 真一
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p. 87

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抄録

1. はじめに 閉鎖性海域の富栄養化は世界的な環境問題の一つであり, その原因となる陸域から海洋への栄養塩負荷の低減が求められている. その一方で, 多くの農業地域では, 近年, 過剰施肥による地表水および地下水の硝酸性窒素(NO3--N)汚染が顕在化しており(熊澤、1999; 田渕、1999), 海洋への窒素負荷が危惧される. 従来から, 農業流域における窒素流出の定量化を試みた研究は多く行われてきた(海老瀬、1985; 宗宮、1993; 竹内、1995). しかし, 地下水による窒素流出については, いまだブラックボックスの部分が多く, 明らかにしていく必要がある. これに関して, 齋藤ら(2005)は, 瀬戸内海沿岸の果樹園が広く分布する流域において, 沿岸域の地下水中で高濃度のNO3--N濃度が急激に減少することを確認した. また, 近年の研究では, 窒素の安定同位体比(δ15N値)による地下水の窒素汚染源の同定や, 脱窒反応の有無を検証する試みが多くなされている(石塚・小野寺、1997; Bölke et al., 2002). よって, 本研究では瀬戸内海沿岸の農業流域において, 地下水中でのNO3--N減衰過程を明らかにすることを念頭に置き, 地下水のNO3--N濃度および窒素安定同位体比(δ15N値)の分布にもとづく考察を行った.2. 調査地域および方法試験流域は, 瀬戸内海の島嶼の一つである広島県豊田郡瀬戸田町(生口島)の沿岸部に位置する(図1). 生口島は, 年平均気温15.6℃, 年平均降水量1100mmの温暖少雨型気候であり, 主要な地質は花崗岩である. 試験流域の流域面積は44.3ha, 流下距離は1.8kmである. また, 急勾配な山地河川地形を呈し, 流域の中流から下流にかけては明瞭な扇状地地形がみられる. 扇状地部分には柑橘類の果樹園が広く分布しており, 年間約2400kgha-1の化学肥料が散布されている. 2003年5月から2004年9月にかけて, 試験流域の中流部から下流部に分布する深度約2_から_5mの浅井戸(5地点), および深度約20_から_30mのボーリング井戸(3地点)において地下水の採水と水位の測定を行った. また, 採水した地下水試料は実験室に持ち帰り, NO3-濃度および窒素安定同位体比(δ15N)の測定を行った.3. 結果と考察3-1. NO3--N濃度分布図2に, 試験流域の地下水のNO3--N濃度とδ15N値との関係を示す. NO3--N濃度は, 浅層地下水(Shallow-GW)および深層地下水(Deep-GW)ともに中流域(Midstream)よりも下流域(Downstream)で低い傾向を示す. 試験流域では, 窒素の主要なインプット源は果樹園における施肥であると考えられるが, 果樹園の占める面積は, 中流域と下流域とでほぼ変わらないことから, 下流域の地下水中では, 何らかの作用によりNO3--Nの減衰が起こっていると考えられる. また, 下流域の地下水は比較的還元的状態にあり, 有機態炭素の供給量が多いと考えられることから(齋藤ら、2005), 生物化学的脱窒反応によるNO3--Nの消失が起こっていることが示唆される.3-2. δ15N値の分布一方, δ15N値は, 深層地下水ではNO3--N濃度と対照的に下流域で高い値を示す. 地下水中で脱窒反応が起こる場合, 同位体分別によってδ15N値は上昇する(石塚・小野寺、1997)ことから, 深層地下水のδ15N値は脱窒の影響を反映していると考えられる. しかし, 浅層地下水のδ15N値は中流域と下流域とで明瞭な違いが見られず, 下流域では深層地下水と比較して低い値を示す. この結果から, 浅層地下水には, NO3--N濃度が低く, δ15N値が小さな水が混合していることが示唆される. 一般的に, 雨水のδ15N値は河川水や地下水と比較して低い値を示すことから(米山、1987), 下流域のδ15N値は, 脱窒反応と雨水の混合の影響を反映していると考えられる.

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