日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
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土砂移動メカニズムからみた浅間火山岩屑なだれの最大流走距離
*吉田 英嗣須貝 俊彦
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p. 89

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抄録

はじめに
 成層火山の大規模山体崩壊に伴って発生する岩屑なだれは,流域スケールの地形形成に多大な影響を与えうる.大規模な土砂流の到達予測に関しては,従来,崩落高度 (H) と最大流走距離 (L) との関係から導かれる,「みかけの」等価摩擦係数 (H/L) による議論が主流である.岩屑なだれのH/Lは,大規模なイベントほどその値が小さくなるものの,経験的に0.05-0.20とされる (Siebert 1984; Ui et al. 1986).
 著者らは,24000年前に浅間火山で発生した大規模山体崩壊に伴う土砂移動が,給源から100km近く離れた関東平野北西部に至るまでプラグフロー (Takarada et al. 1999) としての性質を保持した単一の岩屑なだれであったことを報告した (吉田・須貝 2005a).全堆積域において,脆い内部構造を保持した岩屑なだれブロックが認められることなどを根拠としている.陸上における岩屑なだれの流走距離としては,知られる限り最大である.この事例ではHが約2900mであることから,H/Lは約0.03となり,浅間火山の岩屑なだれは「特異な」イベントといえる.
 本発表では,上述の浅間火山岩屑なだれの最大流走距離が,特異的に大きかった理由について検討した内容を報告する.

浅間火山の岩屑なだれの運動メカニズムと運動停止要因
 プラグフロー的に流れた岩屑なだれは,地表面と接し,強いせん断応力が働く「層流境界層」と,その上部の相対的に速度差が小さい状態にある「プラグ」の2層からなっていたとされる (Takarada et al. 1999).プラグフローは,底面せん断応力が降伏せん断応力を下回ると層流境界層を失い,運動を停止する.底面せん断応力は,流動体の層厚と流路勾配に比例する.
 吾妻川は,顕著な堆積盆を持たない急勾配河川であり,その大半の区間が峡谷をなしているため,岩屑なだれは子持に至るまで少なくとも35mの厚さを維持しながら1),本流河谷を流下した (吉田ほか 2005).中之条および子持では,岩屑なだれが接地面を数m程度削剥しながら流下した証拠が得られており (吉田・須貝 2005b; 吉田ほか 2005),吾妻川河谷を下る間,層流境界層が保持されていたと判断される.
 岩屑なだれが流走する地形場は,赤城・榛名両火山麓に挟まれた峡谷を境に,山地から平野へ劇変する.岩屑なだれは,前橋に至って側方に著しく広がり,層厚を半分程度以下に減じた.前橋から岡部に至る勾配の急減とあいまって,岩屑なだれの底面せん断応力を急激に低下させ,岩屑なだれを停止に導いたと考えられる.
 関東平野北西部における24000年前までの河床は大曲率の縦断面形を,岩屑なだれ堆積面は直線的な縦断面形を呈す.両者の交点位置によって地形学的に求められる流走距離は,給源から約100kmとなる.なお,プラグフローとして移動した岩屑なだれは,停止時に末端崖を形成した可能性が高く,その場合には交点位置がさらに上流側となり,流走距離は短くなる.いずれの場合も,地質学的に把握されている距離 (90km) と概ね等しい.
 ところで,関東平野北西部では,岩屑なだれ堆積物は扇状地性の礫層 (前橋砂礫層; 早田 1990) を被覆するが,より詳細に述べると,両者間に最大層厚5m程度の細粒堆積物が,主として下流側 (85_から_90km付近) に偏在する.こうした細粒層の分布特性は,最下流側では岩屑なだれによる削剥作用が働かなかったことを示唆する.つまり,最下流側ではプラグフローの層流境界層が消失し,岩屑なだれが当時の地表面を整合的に覆ったと解釈される.

注1) のりあげ部において,岩屑なだれはより高所まで達した.

文献
Siebert, L. 1984. J. Volcanol. Geotherm. Res., 22: 163-197.
早田 勉 1990. 群馬県史編さん委員会編『群馬県史通史編1』37-129.
Takarada, S. et al. 1999. Bull. Volcanol., 60: 508-522.
Ui, T. et al. 1986. J. Volcanol. Geotherm. Res., 29: 231-243.
吉田英嗣・須貝俊彦 2005a. 日本地理学会発表要旨集, 67: 216.
吉田英嗣・須貝俊彦 2005b. 第四紀研究, 44: 1-13.
吉田英嗣ほか 2005. 地理学評論, 78: 印刷中.

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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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