抄録
1.はじめに洪水ハザードマップは、防災の基本となる地域の水害脆弱性を示す重要な情報源である。これを、住民や地域コミュニティが被害軽減策を考える際に、より利用しやすくするためには、どのようなハザード情報が必要かを整理する。2.シナリオ型のハザードマップ2.1ハザード評価結果の理解現在、住民へ配布されている洪水ハザードマップは、特定の河川の特定の洪水氾濫シナリオ(例えば、A河川でX年に一度発生する規模の洪水が、O、P地点で破堤したというシナリオ)に対する確率論的な洪水氾濫浸水深分布予想地図である。このハザード情報を防災行動へと結びつけるためには、第一に、情報が安心情報とならないような情報の提示が重要となる。_丸1_そのためには、X年に一度発生する可能性のある洪水という確率論的な表現を分かりやすく伝える工夫が必要である。例えば、床上浸水の発生頻度と家屋の基礎嵩上げ等の耐水化実施意思との関係を調査した結果によると、20年に一度なら43%の人が実施すると答えているが、100年に一度となると約10%と実施意思が急減する。このことは、将来の30年とかいうような人間の生活スケールで想像できる期間を考慮したハザード評価とその表示地図も検討の価値があることを示唆している。_丸2_次に、シナリオハザードマップの性質と作成情報の分かりやすい提示により、地図上でたとえ被害なしと表示されても、それがすぐ安心情報を意味しないことを伝えることが大切である。例えば、表示されている予想浸水深には幅があること、シナリオ以上の規模の洪水、シナリオ以外の地点の破堤、シナリオ以外の河川の同時氾濫等の発生可能性もあることなどである。このシナリオ型ハザードマップの情報を補間するものとして、水害地形分類図などの定性的な情報の利用が考えられる。_丸3_さらに、低頻度ではあるが、破堤等による大規模水害発生の可能性についての理解を深め、万が一に備えるという視点を伝えることも重要である。洪水ハザードの発生頻度は、行政主導による大規模構造物(連続する堤防やダムなど)の整備によるハザードコントロールの効果が大きく、減少してきた。しかし、想定規模以上の洪水が発生し、堤防から越水すると、破堤の可能性が大きくなる。そして、破堤してしまうと、大量の洪水が河道から氾濫し、大水害に結びつきやすい。現実に、最近各地で破堤による大水害が多発している。2.2洪水ハザードの地域性の表現洪水ハザードは土地・河川環境に影響を受け、地域性を持つ現象である。被害軽減策の選択や緊急時の行動の判断にあたっては、浸水深とともに、ハザードの性質についての知識が不可欠である。また、土地・河川環境は地域の歴史の中で形作られたものでもあり、地域に特有の情報を加えることで、より身近な情報となる。例えば、次のような情報がある。_丸1_被害の様相に影響を与える氾濫流の速さ、氾濫流の到達時間、湛水時間などの情報。例えば、氾濫流の勢いが強い場所では、家屋が流される危険があり、早めの避難が必要であるし、低平地の内水氾濫で氾濫流の貯まる場所では自宅の2階へ避難した方がリスクが小さくなる場合もある。_丸2_シナリオ型の洪水ハザードマップでは表現出来ない、地域に存在する大河川から中小河川、雨水排水路の氾濫までの、原因の異なる様々な洪水ハザードによって発生する特徴あるハザードについての情報。_丸3_また、水防の重点地域、過去の破堤地点、水害防備林、二線堤などの洪水ハザードに関連する地域情報。3.その他のタイプのハザードマップ3.1 個人の被害軽減策選択の情報源行政の被害軽減策の推進とともに、住民ができる様々な被害軽減策があるが、その組合せを住民は選択することができる。例えば、緊急時には避難し資産の被害は保険で補填するとか、住宅の基礎を嵩上げし、安心の確保と資産被害の軽減を図るとかである。このような個人が被害軽減策の選択を支援する情報として、地域のハザード評価結果と個人世帯のリスク情報を組み合わせた情報提供も考えられる。3.2 地域の総合的な災害リスクマネジメント住民と行政が協働で、水害ばかりでなく、地域で発生する可能性のある様々な災害リスクを総合的にマネジメントする時代へと入りつつある。このような場面では、シナリオ型ハザードマップに加え、災害間のリスクの相対評価に資する地域の様々な河川の洪水ハザードを考慮したハザード評価手法や指標等の検討が必要となる。4.まとめハザード情報は、GISや画像技術を用い、より分かりやすい形での提供が可能になるであろうし、さらに行政によるハザードマップ配布範囲の拡大により、住民は情報を入手しやすくなる。しかし、最も重要なのは、住民がこの情報を利用しようとする意思であり、水害リスクを読み解く力の向上である。