日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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スイスアルプス・グリンデルヴァルト村のハイキング観光政策
*池永 正人
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p. 60

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抄録
1.はじめに スイスの年間延べ宿泊客数は6,600万人(2003年)であり,そのうちの55%に相当する3,600万人が夏季(5月_から_10月)に訪れている。 本研究は,スイスアルプスを代表する山岳観光地グリンデルヴァルト(Grindelwald)の夏季ハイキングについて,ハイキングコースの整備状況や安全対策の取り組みを明らかにすることを目的とする。なお,本研究で対象とするハイキングは,一般の観光客が気楽に歩ける集落周辺の斜面や標高2000m前後の低所アルプにおける歩行をいい,専門的な技術・経験を必要とする登山は対象外とした。2.グリンデルヴァルト村の観光客の特性 グリンデルヴァルト村は,スイス・ベルン州南部のベルナーオーバーラント(Bener Oberland)に位置し,人口4,138人(2003年)の観光村である。 延べ宿泊客数は近年減少傾向にあり,2000年の112万人から2003年は97万人(13%減)となった。これは,米国同時多発テロやイラク戦争,SARSの世界的蔓延などに起因している。とりわけ減少が多かったのは,日本人宿泊客である。宿泊客の内訳をみると,夏半期(5月_から_10月)が56%,冬半期(11月_から_4月)が44%と夏季に宿泊客が多い。また,宿泊施設(12,000ベッド)の利用構成は,ホテル46%,アパート41%,ホステル・キャンプ場13%となっている。このうちホテル(46ホテル,2,700ベッド)の宿泊客44万人の国籍数は74カ国であり,スイス32%を筆頭に,ドイツ18%,日本14%(6.4万人),イギリス13%の順に多い。3.ハイキングの観光政策 グリンデルヴァルト村には延長300kmにおよぶハイキングコースがあり,良く整備されて初心者でも容易にハイキングができる。また,目的地の方向や所要時間,標高などが表示された黄色の標識が各所に設置されている。これは全国共通の様式であり,黄色一色の標識は一般向けの比較的やさしいハイキングコースである。これに対して,矢印の部分に白と赤の線の入った標識は,ややハードなコースで中・上級向けである。 写真と解説を加えたハイキングコースの地図は,5月1日から10月31日までのいわゆる夏季ハイキング用である。このハイキング地図は,観光案内所,ロープウェイや登山鉄道の駅,ホテルなどで無料で入手することができる。ちなみに,この地図の解説は9カ国語(独・仏・伊・ロマン・英・日・中・韓・アラビア)で標記している。 麓の集落から広がる多数のハイキングコースは,緑の絨毯を敷きつめたような集落周囲の草地を抜け森林へと延びる。やがて標高2000m前後の森林限界を越えると広大な自然草地のアルプが展開し,上方の山頂部には灰色の切り立った雄大な峰々と純白の山岳氷河を望む。ハイキング客は,このような変化に富んだ美しい山岳景観を楽しむことができる。また,新鮮な空気を吸い,放牧中の乳牛や山羊などの家畜に遭遇し,家畜の首に付けられたカウベルの心地よい響きと,沿道の可憐な高山植物に癒される。 ハイキング客は,険しい道を長時間我慢しながら歩行する必要はない。散歩道のような水平なコース,登山鉄道やロープウェイで展望台まで登りそこから中腹や麓まで下る楽なコースなど,ハイキング客の体力と旅行日程に応じて選ぶことができる。たとえば,メンリッヒェン駅(Männlichen 2225m)_-_クライネシャイデック駅(Kleine Scheidegg 2061m)間の4kmは,ほぼ平坦な道で所要時間は1時間30分である。ハイキングの初心者は言うまでもなく,乳母車や車椅子も通行できるように,路面の凹凸を極力少なくしたバリアフリー構造になっている。また,アイガー(Eiger 3970m),メンヒ(Mönch 4099m),ユングフラウ(Jungfrau 4158m)の3名山のパノラマを眺望できる優れたハイキングコースである。 ハイキング客の安全対策については,ロープウェイ,登山鉄道,アルプ道(自動車通行可能)が緊急時の命綱の役割を果たすようになっている。また,ロープウェイと登山鉄道の駅舎に隣接するホテルやレストラン,点在するアルプ小屋は,ハイキング客の休憩・避難所としての機能を有している。天気情報に関しては,ホテル客室のテレビで,ハイキングコースの要所の様子を知ることができる。4.むすび スイスは日本と同様に高物価の国である。商品には付加価値税7.6%,事業所には観光促進税が課せられ,その税金は観光地のインフラ構造の整備,環境保全,自然災害防止対策などに活用し,観光客が安全で快適に滞在できる観光地づくりの財源となっている。
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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