日本地理学会発表要旨集
2006年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 116
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ナミビア北部における農牧社会の変容と「ヤシ植生」の変化
*藤岡 悠一郎
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抄録
乾燥気候下に位置するナミビア北中部には、北から南へ緩やかに傾斜する平原が広がり、季節河川が密に分布している。この地方には、野生種のヤシが分布し、洪水による種子散布によって季節河川の周囲を中心に広く生育している。この地方に暮らす農牧民オヴァンボは、本種の果実を食用や酒の原料とし、葉柄を建材、燃料に用いるなど、伐採することなく非破壊的な利用を行ってきた。そのため、高木層にヤシなどの有用樹が優占する特異な植生(ヤシ植生)が形成されている。しかし、ここ数十年の社会・経済変容のもとでオヴァンボの生活様式が大きく推移し、植物利用も急速に変わりつつある。現金収入源として「ヤシ植生」への依存を強める世帯がある一方で、これらの有用樹を燃料として伐採し、重視しない世帯も現れている。本発表では、社会・経済変容にともなうオヴァンボの生活変容が、「ヤシ植生」の変遷に与える影響について明らかにする。 調査はナミビア北中部に位置するウウクワングラ村(U村)にて行った。本発表では、2002年9月から2003年3月、2004年9月から2005年4月にかけて行ったフィールドワークによって得たデータを使用する。 調査の結果、以下の点が明らかになった。1) U村における植生調査の結果、高木層を構成する樹木の9割以上が、果実を食用・酒の原料として利用できるヤシ(Hyphaene petersiana)やマルーラ(Sclerocarya birrea)によって占められていた。2) ヤシとマルーラの果実は酒の原料に用いられ、その酒は村内や町で販売される。調査期間中、調査対象とした30世帯の半数近くがヤシ酒を作り、その全ての世帯が販売を行っていた。販売を行う世帯の多くは家長が定職をもっていない。そのため、酒の販売が重要な現金収入源となっていた。しかし、その一方でヤシ酒を作らない世帯も半数近くにのぼる。その理由のひとつは、家長やその妻が職をもち、ヤシ酒の販売による現金獲得をそれほど重視していない点があげられる。すなわち、世帯の経済状況によって有用樹への依存度が大きく異なり、樹木の有用性の認識に差が生じていることが伺える。3) 食用後に残る種子は、ところ構わず捨てられていたため、村中に広く散布される。そのため、種子を積極的に植える人はほとんどいなかった。しかし、発芽後にある程度成長したヤシやマルーラの稚樹は、成長の促進や家畜の食害からの保護が図られる。例えばヤシの場合、稚樹の成長を促進するために下部の葉が伐採され、先端部の葉を縛るなどの管理がされていた。しかし、近年ではそのような行為を行う世帯は減少している。その一方で、畑の耕起の際に邪魔になるため、稚樹を積極的に伐採する世帯もみられた。4) 高木の果樹も、一部が伐採され、燃料などに利用された。伐採された樹木の大部分は果実をつけないオスの木であったが、一部の世帯ではメスの木も伐採されていた。これらの世帯の多くは、ヤシ酒をつくらない世帯であり、家長やその妻が職を持つ場合が多い。 以上のように、オヴァンボの社会では世帯間の経済格差が広がりつつあり、その格差が「ヤシ植生」への認識の違いを生み、植生の維持・形成に大きな影響を与えている。果樹の必要性が薄れた世帯では「ヤシ植生」が伐採の対象となりつつあるが、その一方で、現金収入源として「ヤシ植生」に大きく依存し、稚樹を保護し、成長を促進させる世帯もある。本地域では、世帯間の樹木利用の格差が、地域の植生変化を左右する重要な要素として働いている。(本研究は、平成17-20年度文部科学省科学研究費補助金・基盤研究A(研究代表者:水野一晴)「南部アフリカにおける「自然環境-人間活動」の歴史的変遷と現問題の解明」と、21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」の一環として行なわれている)
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© 2006 公益社団法人 日本地理学会
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