抄録
1.はじめに 地理学では、子どもの環境知覚に関する研究は多く蓄積されてきた。特に、子どもに絵や描き地図を描かせる方法を用い、子どもの環境知覚を検出する研究が多く取り上げられている。但し、その研究対象は描図力や言語力の発達具合を考慮する上で、小学校に入学してからの児童を対象とした研究がほとんどである。報告者はBlaut &Stea (1971)の研究を踏まえながら、2歳児から6歳児に対し観察調査を行った結果、2歳程度の幼児は身近な環境に対する認知・知覚は、ある程度発達していると考えるのである。この結果を受け報告者は特に、子どもの感情的・感覚的に回りの環境を知覚する環境知覚の特性、すなわち2歳頃から12歳頃までの間の子どもによく現れる「相貌的な環境知覚」に注意を払うことにした。日本における地理学では、「相貌的な環境知覚」を扱う研究は少ない。また、そのほとんどは児童を対象にして行われたものである。本論文のように幼児を対象とした研究は今のところ発表されていない。 本研究の目的は、保護者の養育態度による3歳から6歳の幼児における相貌的な環境知覚の様相を明らかにすることである。報告者は幼児には児童より相貌的な環境知覚の特性が顕著に現れると予想して、今回の調査は3歳から6歳の幼児を対象にして行うことにした。また、以下の二つの視点で今回の研究調査を進めようと考えた上で、幼児の生活と最も密接な関係を持っていたり、幼児に遊び環境を提供する役割を果たしたりしている保護者たちにアンケートを配布することにした。(1)保護者の観察を通して幼児の相貌的な環境知覚の世界を知る。(2)保護者の時間による養育態度は、幼児の相貌的な環境知覚に影響を与える。2.研究対象地域の概要 本研究の対象地域は福岡県那珂川町である。福岡市の都心部からわずか13キロメートルの所に位置している那珂川町は、豊かな自然環境と都会の特色を備えている地域であるため、保護者の養育態度による幼児の相貌的な環境知覚はどちらに偏るかについて、研究結果は期待に値する。研究対象は那珂川町の中心部に位置しているA保育園の3歳から6歳の幼児である。3.結果の概要 保護者の就業時間と、子どもを保育園に預ける時間が長いから、保護者は自宅から保育園までの送迎の途中と休日を含む日常生活の中で子どもへの周りの風景に対する養育態度のズレが表れた。特に、3歳児の保護者たちが子どもの環境知覚の発達を過小評価化している傾向が示された。周りの風景について、報告者は那珂川町における子どもが関心を持ちそうな風景を14個の選択肢、またそれぞれの理由を12個の選択肢として設けて保護者に質問した。その結果、保護者を通した今回の研究調査では、それぞれの周りの風景に関する幼児の相貌的な環境知覚が一つ一つ明らかに検出され、那珂川町における幼児は自然環境より人工の風景に興味を持っている傾向が見られた。また、保護者が幼児の相貌的環境知覚に与える影響もある程度窺われた。さらに、周りの風景に関する幼児の相貌的な環境知覚の構成要素は、「好きだから」と「楽しい遊び経験があったから」の二大要素であることも明らかになった。 周りの風景に関する外という空間における幼児の相貌的な環境知覚を効果的に検出した後、報告者はさらに室内空間における八つの場所を幼児が「好きな場所」ととらえているのか、「嫌いな場所」ととらえているのかをまず保護者に選択させた。さらに、それぞれ好きな理由と嫌いな理由を4個ずつの選択肢を設け調査することとした。結果として、3歳児から6歳児の男女共通で「家族がそろっている部屋」と「明るい部屋」の二つの場所を好きな室内空間としてとらえているが、一方、「暗い部屋」と「誰も居ない部屋」と「一人だけで居る部屋」の三つの場所を嫌いな室内空間として知覚する。こうした年齢、性別を問わず共通の回答が選ばれたところから幼児の相貌的な環境知覚が顕著に現れたのである。一方、「押入れ」のとらえ方についての回答は、「好きな室内空間」と「嫌いな室内空間」両方とも回答が見られたところから、楽しい遊び経験は幼児の相貌的な環境知覚に大きな影響を与えているという結果が得られた。また、幼児が気に入った玩具を「押入れ」に入れたりする遊び行動から、おそらく一部の幼児にとっては、「押入れ」は一種の秘密基地的な存在なのかもしれない。