抄録
ため池の存在形態に関する研究 存在形態に関する研究は,ため池研究の最も基本に位置づけられる。全国レベルでの考察は,戦前に行われた竹内常行氏による一連の研究が嚆矢である。竹内は5万分の1地形図からため池を抽出し,その全国的分布(北海道と沖縄を除く)図を作成し,ため池分布地域の存在を明らかにするとともに,津軽平野をはじめとして全国44のため池分布地域について検討を行っている。さらに戦後においても,コンクリートダムによる新規ため池の開発が進んだことや揚水機灌漑の進展などの変化を踏まえて,ため池分布地域の実態の再検討を行っている(竹内,1980)。全国を網羅したため池の統計としては,農林省が作成した「溜池台帳」がある(農林省,1955)。その後,しばらくは調査が実施されなかったが,長期要防災事業量調査の中でため池の実態把握が行われた。長期要防災事業量調査は,10年に一度程度をめどに全国悉皆的に行うものであり,これまで3回に実施された。ため池については,「ため池台帳」として,それぞれ農林水産省(1981)(ため池の調査時点が1979年3月31日であることから,以下「1979年台帳」と表す),農林水産省(1991)(調査時点は1989年3月31日,以下「1989年台帳」と表す),農林水産省(2002)(調査時点は1997年3月31日,以下「1997年台帳」と表す)として報告されている。これら「ため池台帳」を分析したものとしては,「1979年台帳」を検討した白井・成瀬(1983)や「溜池台帳」・「1979年台帳」・「1989年台帳」」を分析した内田(2003)がある。本研究は,これら先行する諸研究の成果を踏まえつつ,「1997年台帳」の分析を通じて,今日のため池の存在形態を明らかにする試みである。「1997年台帳」の特徴と分析方法 「1997年台帳」の対象は受益面積が2ha以上のため池(以下,対象ため池)であり,「1989年台帳」の対象と基本設定は同じである。また「1989年台帳」のデータとの継続性にも配慮がなされており,「1989年台帳」と「1989年台帳」を比較考察をする上で,大きな問題はないと判断される。「1979年台帳」と「1989年台帳」は都道府県別の集計データである。そのため,ため池の分布については,都道府県単位の考察が限界であり,ため池個体レベルでの全国分布を示したものは竹内の研究が最も詳細なものであった。「1997台帳」では,対象ため池の位置情報(緯度・経度)が提供されており,個体レベルの分析とその分布の考察が可能となった。「1997台帳」の分析に当たっては,その調査項目であるため池の数,受益面積,提体形式,事業主体,利活用について検討し,またため池の全国分布図を作成した。ため池の現状 「1997年台帳」の分析から,次のような特徴が指摘される。_丸1_ため池は,全国210,769箇所あり,その分布は,全都道府県に広がっている。ただし,都道府県ごとに地域差があり,兵庫県の4,7596箇所から東京都の11箇所とばらつきがある。また瀬戸内海に面したため池数の多い県がみられた。またそれらの県でも,とくに瀬戸内海に面した地域に集中している。_丸2_対象ため池は63,591箇所(全ため池の30.2%)であり,その総受益面積は1,225,882haであった。規模別のため池数は5-20ha(40.7%)あるいは2-5ha(33.7%)の規模のため池が多い。ただし,受益面積でみると,40ha以上のため池(数の上では5.9%)による受益面積が全体の64.3%を占めており,灌漑の上では,大規模なため池の重要性が高い。_丸3_ため池の堤体形式はアースフィルダム(76.5%)がほとんどであり,また事業主体は集落または申し合わせ組合(38.1%)が最も多い。_丸4_ため池の利活用については,農業用水の利用(97.0%)がほとんどであり,その活用も現状のままがほとんどであった。主要参考文献内田和子(2003):『日本のため池!)防災と環境保全』海青社.白井義彦・成瀬敏郎(1983):我が国におけるため池の利用と保全.地理科学 38_-_1,pp.11_-_19.竹内常行(1980):「日本の稲作発展の基盤!)溜池と揚水機!)」古今書院(本研究は,平成17年度文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(C)「ため池卓越地域における大規模水利事業の展開と末端水利組織の対応」(研究代表者:南埜 猛,課題番号15520498)による研究成果の一部である)