抄録
ラオスのヴィエンチャン平野は、東南アジア大陸部のコラート平原の東北端に位置するところである。この地域は熱帯モンスーン気候に属し、雨季と乾季に分かれる。この違いによって環境の多様性と変動性に富むところである。雨季の雨を頼りとした、天水田稲作がもっぱら行われ、牛、水牛などの家畜飼育が組み合わさって農業が営まれてきた。それと同時に、魚介類や昆虫をはじめとするさまざまな野生生物が食用として利用されてきた。
1990年代以降、市場経済の導入などによって、首都ヴィエンチャンの発展に伴い、周辺地域の宅地化や工業用地化など土地利用の変化と都市域の拡大が進んでいる。また農村地域への商品経済の流入がみられるようになり、農村部から都市部への就労、市場流通の活発化が進む。また、政策的な移住によって、北部からの流入者もみられる。自然環境の違いと人口移動と開発とが相まって、一様でない地域のさまざまな姿がみられる。
平野の開発がもっぱら、都市の拡大と稲作生産の生産拡大に向けられているが、平野の村落は、そのような一元的な方向性だけで語りつくせない多様な自然資源利用と天水田耕作の村落は、大きな時間スケール・空間スケールのなかでダイナミズムをもったシステムとしてとらえることが必要である。
大気・地下・地表の水循環と地形環境および生物の動きからなる3次元的空間がどのように形成されているのか。それをいかに人々の生業や生活に組み込んでいるのか。市場経済の導入と都市部とのつながりが強まる中で、村落の自然と社会はどのような姿を示すのか。環境と生産・社会とを空間と時間をあわせた四次元の時空間の中で、相互関連に注目して明らかにして、村の姿を明らかにしたい。
私たちは、2003年度より、「アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史の統合的研究1945-2005」(総合地球環境学研究所・研究プロジェクト)のもとで、地理学、人類学、歴史学、農学、生態学、環境科学の分野からなる調査チームを作り、ラオス、ヴィエンチャン平野を対象として生態史研究を行ってきた。2004年に、サイタニー郡を対象地域として、全104村の実地調査を行い、自然環境構成、農業生産、都市化程度によって村落の類型区分を行った。そしてこの地域のプロトタイプ的な性格をもった村として、ドンクワーイ村を選び、2005年に村の全世帯を対象とする総合調査を実施した。そして、それぞれのトピックに基づくインテンシブな調査を現在まで実施してきた。
この生業・生活様式は、自然の季節変化のリズムと年ごとに異なる降水や気温の変化の動き中で、適応的に作られてきたものである。いっけん不安定な環境は、実は多様性に富むところであり、稲作の不安定さに対して複合的な生業生活と多方面にわたる資源利用によって、常に変化する状況に合わせるやり方が成り立ってきたことがわかってきた。
この報告では、調査メンバーの総合的かつインテンシブなアプローチによる村落・地域研究の成果から、この地の特徴的な姿を、多方面におよぶ相互関連、変化を前提として成り立ってきたシステムとして明らかにしたい。