日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S506
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「平成の大合併」をめぐるガバナンスの問題
*武者 忠彦
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抄録

1.市町村合併とガバナンス
 近年,行政学や政治学を中心に「ガバナンス」という概念に注目が集まっている.実際,都市ガバナンス,福祉ガバナンス,環境ガバナンスなど,政策分野ごとに用語が生み出されているように,地域自治のあり方として,「ローカルなガバナンスをいかに確立するか」という問題意識は,今や分野を超えて広く共有されているように思われる.
 今回の「平成の大合併」をめぐっても,合併によって地域のガバナンスを確立・強化すべきである,といった議論が数多くなされている.これに対して本報告では,1)市町村合併はガバナンスをローカルな問題として焦点化させるものであること,2)特にそれは合併によって周辺部に位置付けられた地域で顕在化することを示した上で,3)具体的にこれらの地域では,自治のあり方にどのような変化が生じているのかについて,個別事例をもとに考察する.

2.ガバナンス論の視点
 そもそもガバナンスとは何か.行政学者ローズによれば,それは何らかの公共的な課題に対して,従来のような「市場」や「政府」の論理ではなく,行政・企業・NPO・ボランティアといった多様なアクターが,それぞれの資源を交換することを前提に協力し,調整や解決がなされる仕組みを構築することである.Pierre and Peters(2000: 50-67)は,このようなガバナンスが論じられるようになった背景として,1)構造的な財政危機と行政運営の非効率性(New Public Managementの影響),2)政策イシューの多様化と複雑化,といった問題があることを指摘する.一方で,総務省は市町村合併の目的として,以下のような点を掲げている.すなわち,1)行政運営の効率化および財政力の強化(2000年の行政改革大綱に象徴される行政改革推進の文脈),2)広域化・高度化する行政需要への対応(受益と負担の整合性),3)地域の自立や地域間競争の促進(地方分権の推進という文脈)である.
 このように,市町村合併とガバナンスは,政策としての目的や問題認識を共有しているがゆえに,あたかも合併によってガバナンスの確立も並行して進められるかのような印象を与えている.しかし,実際には平成の大合併によって,現場の市町村では,ガバナンスがより切実な問題としてクローズアップされている.市町村合併をめぐっては,財政基盤の安定化や人員配置の効率化,専門性の強化などの成果が期待される一方で,合併区域内における中心部と周辺部の格差や,地域性の軽視など,合併のもたらす弊害も明らかになりつつある.こうした負の側面を補完するための手段として,合併後の旧市町村では,地域の多様なアクターが協働して,公共的課題に対応する仕組みの構築が求められているのである.

3.地域自治組織にみるガバナンス
 このような問題に対して,総務省は行政と市民の協働による地域自治を促進するため,2004年に旧市町村を基本的な単位として任意で設置可能な「地域自治組織」制度を導入している.この地域自治組織(地域自治区および合併特例区)が設置されている旧市町村の特徴を整理すると,非大都市圏で人口が少なく,中心都市との隔絶性が高い,などの特徴が見出された.これらの事実は,ガバナンスの問題が,合併によって周辺部に位置付けられた地域で顕在化していることを示唆している.
 そこで,本報告では,長野県木曽町の地域自治組織のひとつである開田高原地域協議会を事例に,地域自治において合併がもたらした影響を分析するとともに,ガバナンス論の視点から,新たに設置された地域協議会の位置付けや活動内容について考察する.

文献
Pierre, J and Peters, B. J. 2000. Governance, Politics and the State. St. Martin’s Press, New York.
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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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