抄録
平成の大合併では、合併特例債や交付税の特例などの「アメの措置」により、小規模自治体を中心に財政的議論が主となり、合併特例法の期限となる2005年度に駆け込み合併が多く行われた。これらの自治体では、準備期間の短さから住民サービスの調整および対応に関する議論が後回しにされた結果、合併後にサービスの供給において問題が生じている。特に、中心自治体にサービス基準を統一させることが多い編入合併に比べて、新設合併の自治体ではサービスごとにあらたにそれぞれ基準を設定しなければならない。このように、市町村合併に伴い住民サービスに大きな変化が生じることは、そこに居住する住民に大きな影響を及ぼすものと考えられる。
そこで、住民サービスの中でも大きな割合を占める高齢者福祉サービスについて、2005年10月1日に合併した群馬県みなかみ町を新設合併の事例として、合併後の高齢者福祉サービスの実態について考察する。その際に、合併前後におけるサービス調整とそれらが住民利用に及ぼした影響について明らかにする。また、編入合併の事例として2005年2月13日に合併した群馬県沼田市を取り上げ、合併方式の違いによる高齢者福祉サービスの対応と住民への影響について分析する。
合併前後の高齢者福祉サービスの変化を把握するために、サービスの提供主体であるみなかみ町役場およびサービスの委託先である社会福祉協議会への聞き取り調査を実施した。また、それらのサービス変化が利用者に与える影響を明らかにするために、同様に役場と社会福祉協議会に対して利用者数の推移についても聞き取り調査を実施した。編入合併の事例である沼田市においても同様の方法により調査を実施した。
沼田市では、サービスの基準を原則的に編入側の沼田市の基準に統一した。その結果、被編入側の旧白沢村、旧利根村において大幅なサービスの変化がみられた。それまで利用できなかったサービスが新たに利用可能になるというメリットがみられた反面、利用料の増額や敬老祝金等の給付額の減額にみられるような金銭面における不利益が目立ち、それらに対する住民の不満も多かった。
新設合併のみなかみ町では、合併に伴い多くのサービスにおいて自治体間で異なっていたサービス基準を統一させた結果、利用料や対象者等が変化した。旧水上町では新たに「生きがい活動支援通所事業」が利用できるようになったものの、その他では利用料の増額、助成額の減額等、住民にとっての負担額が増加し、低下したサービスが多くなった。その一方で、旧新治村で実施されていた「温泉型生きがい活動支援通所事業」は、新治地区のみで継続して実施されることとなった。このように、多くのサービスで基準が統一される中において、独自サービスを継承させる動きもみられた。サービス基準については、特定の自治体の基準に統一させる場合もみられたが、これまでそれぞれの自治体で独自の補助をしてきたものを見直し、県や国の基準を採用した場合が多くみられた。
これらのサービスの変化に対する利用者数の変化をみると、サービスの低下した敬老バスカード助成、長寿者喪章、新治地区の配食サービスを中心に大幅に減少していた。このように、サービスの変化が住民の利用に影響を与えたといえる。
編入合併の場合は、編入自治体の高齢者福祉施策の基準と被編入自治体の基準や財政力等との関係で影響が大きく異なる。ただし、被編入自治体側の関係機関等の働きかけによりその後に調整することも可能である。その一方で、新設合併ではすべてのサービスにおいて自治体間での調整が必要となる。みなかみ町では大幅なサービスの変化がみられ、多くのサービスで住民負担が増加した。これには、高齢者福祉事業に対する国や都道府県からの補助金の減額、また厳しい財政事情からサービスの低下や住民負担の増加をせざるを得ない状況になったことも影響している。つまり、自治体財政の逼迫化に伴う行財政改革における住民サービスの見直しに際して、市町村合併がツールとして使用され個々の自治体における独自サービスの平準化と住民負担増が行われたと考えられる。