抄録
研究の目的と方法
完新世において、短周期かつ急激な気候変動が存在していたことが、氷床コア試料の分析などから明らかにされつつある。例えば、約8500年前(BC6500)頃には、地球規模で寒冷化が生じたことが分かっている。これらの気温変動は、乾湿の変動の分布を変え、特に半乾燥域においては、人間生活に深刻な影響を与えてきたことが推定された。
本研究は、トルコ、シリア、ヨルダン、エジプトを対象地域として、半乾燥域に特有の地形である、内陸塩性湖沼・塩性湿原に注目し、その水位変動、湖水の塩分変動からその地域の乾湿変動の復元を目的とした。
現地調査では湖岸段丘などの地形測量のほか、ボーリング調査による湖沼堆積物の採取を行った。採取した試料は、層相の観察、炭素14年代測定ほかによる堆積年代の推定に加え、微化石(珪藻ほか)による湖水塩分の復元を行った。
各地域における乾湿変動
(トルコ中部)
トルコ中部のトウズ湖、セイフェ湖、コンヤ盆地、カイセリ、カマンで掘削調査を行った。トルコ中部では、最終氷期最盛期には湿潤環境となり、多くの湖沼湖盆で、湖域の拡大が認められた。しかし、ヤンガードリアス期以降、完新世初期に急激な乾燥化に転じ、コンヤ盆地をはじめほとんどの地域で、湖域の縮小が確認された。この乾燥傾向BC4500まで継続した。BC4500頃から再度、湿潤化が始まり、湖域拡大と湖水の塩分低下が認められた。以降、周期的な乾湿変動が継続し、BC2000、BC200-BC/AD、AD1000頃などに湿潤期が確認された。他地域とは異なり、BC6500には大きな変動は認められなかった。
(シリア東部)
シリア東部ハートニエ湖において掘削調査を行った。ハートニエ湖では、最終氷期最盛期に湖域が拡大していたもの、完新世に入って湖域は急速に縮小した。しかし、BC6500頃から湿潤傾向に転じ、湖域拡大と湖水の塩分低下が珪藻ほかの微化石分析から確認された。しかし、BC4500頃から再び乾燥化が始まり、それ以降の顕著な湿潤期は確認されなかった。
(ヨルダン南部)
ヨルダン南部のワジハブトレイハ遺跡(先土器新石器時代)周辺の池沼において、掘削調査を行った。同遺跡周辺では、完新世初期には湿潤傾向であったものの、続く土器新石器時代以降BC6500頃から乾燥化に転じたことが明らかとなった。
(エジプト)
ナイル川西岸のカルーン湖において、東京大学が採取した湖沼ボーリングコア試料を用いて分析を行った。珪藻群集、有孔虫群集などの変動から、湖沼の水位変動、湖水の塩分変動が明らかとなった。BC4500頃、BC2000、BC200-BC/AD、AD1000頃などと、トルコ中部地域とほぼ同時期に、湖水の変動が見られた。しかし、トルコにおける湖沼縮小期に、カルーン湖では湖水位の上昇がみられるという逆相関の変動が認められた。
乾湿の変動をもたらす要因について
本研究において、中東地域においては、広域で乾燥湿潤の繰り返しが生じたことが分かった。その時期はBC6500、BC4500、BC2000、BC200-BC/AD、AD1000などである。しかし、これらにはさらなる検討が必要であり、現時点では200-300年の誤差を伴うかもしれない。
これらの時期は、日本における完新世の小海退期とほぼ一致し、世界的な気候の寒冷化に起因する現象と推定された。ただ、乾燥湿潤の変動には地域性が大きく、トルコ、シリアとヨルダン、エジプトでは、ほぼ逆相関を呈している。南北での変化に加えて、東西における差もあり、トルコ中部とシリア東部においては、完新世初期の湿潤傾向の復活に2000年の時間的差が見出された。
このように、乾湿変動には、メソスケールの気候パターンの解析が必要となる。