抄録
近年,内陸部の隆起量を求める方法として,河成段丘の比高を用いる方法(TT法)が,全国各地の河川において用いられている(吉山・柳田,1995;田力・池田,2005など).TT法は,河成段丘が気候変動に連動して形成されるというモデル(貝塚,1969など)に基づいているが,段丘の形成年代(特に酸素同位体ステージ(MIS)6の段丘)や形成環境が明らかにされた河川の事例が少ないため,TT法の適用は一般的に受け入れられるまでには至っていない.そこで本研究では,河成段丘の形成モデルを検証するために,河成段丘が良く発達する利根川支流の鏑川沿いの段丘を対象として,段丘の形成年代を明らかにすることを目的として調査を行った.
鏑川流域には段丘地形が良く発達し,古くから段丘地形の記載がなされてきた(東木,1929;須貝,1996など).基盤岩は,下流側の本流沿いでは新第三系の堆積岩類,南側では先新第三系の堆積岩類・変成岩類,上流側では新第三系の火山岩類・貫入岩類および先新第三系の堆積岩類を主とする.段丘地形は新第三系の堆積岩類が分布する地域で良く発達するが,それ以外の地域ではあまり発達しない.
調査方法は以下の通りである.1)空中写真判読による段丘面分類,2)段丘堆積物の観察・記載,段丘堆積物を覆う風成堆積物のサンプリング(5~10 cm間隔),3)段丘面の中央でボーリングを掘削し(2地点),コア中の風成堆積物を2)と同様にサンプリング,4)採取したローム層の試料を,RIPL法(古澤,2004)を用いて分析し,テフラを識別,5)段丘堆積物を覆うテフラとその他の情報(段丘面の形態・分布,段丘堆積物の特徴など)を総合的に解釈し,段丘面の形成時期を推定.
調査地域の段丘面をQ1~Q4に分類した.Q3はさらにQ3a~Q3cの3面に細分した.段丘面の名称は須貝(1996)に準じたが,段丘面の判読結果は一部異なっている.
Q3aは,段丘堆積物とATやAs-BP,As-YP等の火山灰との関係から,MIS2の堆積段丘と考えられている(須貝,1996).今回の調査では,小支流沿いのQ3a構成層中でトウヒ属またはカラマツに同定される木片が見いだされた.それらは現在の関東地方の山地域にも分布しているが,この小支流の流域の標高は最高でも280 m程度であるので,この事実は,Q3a構成層堆積時には鏑川流域は現在よりも寒冷な気候であった可能性を示唆している.
Q2は,下流側では南方から流入する支流群が形成した段丘面が広く発達し,上流側では,鏑川本流が形成した段丘面が断続的に分布する.Q2は15 m以上の厚い段丘堆積物を持つので,Q3と同様,堆積段丘と考えられる.Q2を覆う風成堆積物の厚さは1.5~2 m程度で,地点によって異なる.風成堆積物の最下部,または段丘礫層を覆う洪水堆積物の最上部に,MIS5/6境界に降灰したとされている飯縄上樽テフラ(Iz-Kt;鈴木,2001)に対比されるテフラが数地点で検出された.Iz-Ktの対比は,基本的に普通角閃石とカミングトン閃石の屈折率に基づいて行っているため,確実ではないが,既知のテフラでは最も対比される可能性が高く,層序的にも矛盾しない.以上のことから,Q2はMIS5/6境界頃に離水した可能性が高いと言える.Q2は,MIS6に堆積した厚い砂礫層がMIS5以降に下刻されて形成された段丘面と考えられる.これまで,鏑川流域のQ2の離水時期は明らかにされていなかったが,今回の調査で,MIS6/5境界頃に離水したことを示す具体的な証拠が得られた.
Q1は,鏑川の南方に断片的に分布する.段丘堆積物上には,厚さ2~4 mの風成堆積物が堆積している.Loc.7でQ2の離水層準であるIz-Ktより下位に厚さ60 cmほどの風成堆積物を挟むこと,Loc.4で洪水堆積物中に含まれるGHo・Cumテフラa(仮称)がLoc.7では風成堆積物層の下部に含まれることから,Q1の離水時期は,Q2よりも古いと考えられる.段丘面の比高からは,Q1はMIS8/7境界頃に離水した可能性が考えられるが,テフラ層序に基づく確実な編年は現状では難しく,今後の検討を要する.