抄録
火砕流台地は,広大な平坦面が瞬時に形成されたため,その面形成の初期条件が単純で,火砕流堆積後の侵食・開析過程など,台地地形発達の解明に好条件を備える.シラス台地は,広大な火砕流台地を作る噴火としては九州ではもっとも新しい巨大火砕流-入戸火砕流(約29 cal. ka)-によって形作られ,南九州に広く分布する.このため,シラス台地には火砕流堆積後に形成された谷地形や河川地形など種々の小地形・微地形が広く認められ,また,これを覆うテフラがよく残存し,火砕流堆積後の地形発達を明らかにする上で好条件をもつ.
ここで取り上げる「埋積浅谷」は,シラス台地上で,土壌等で埋積された浅い埋没谷のことである.一般にその深さは,谷の上流に当たる台地中央部付近で数m以内,下流の崖端付近では最大10mにも達する.台地崖の露頭や考古遺跡の発掘等による台地面上での観察では,この種の埋積浅谷が現在ほぼ平坦に見えるシラス台地に数多く存在する.ここでは,そうした埋積浅谷について,薩摩半島・大隅半島でみられるいくつかの例を示し,その谷の形成時期と埋積過程を,埋積物に挟在するテフラ編年に基づいて明らかにする.
指標テフラ:南九州では入戸火砕流噴火後,多くのテフラが噴出した.これらのテフラのうち,広域性と噴出年代からみて特に有効なのは,桜島火山起源のテフラ-桜島高峠6(Sz-Tk6/P17),桜島薩摩テフラ(Sz-S/P14)-と鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)である.Sz-Tk6は桜島テフラ群のなかでは最古のテフラ(23 ka/26 cal. ka: 奥野,2002)で,その年代は南九州では入戸火砕流の噴出年代(24.5 ka/29 cal ka)に最も近い.埋積浅谷の形成期を知る上でもっとも有効なテフラである.このテフラは,大隅半島と薩摩半島東部に認められ,広域対比に十分役立つ.Sz-Sは桜島テフラのうち最大規模のテフラで,南九州全域で広く認めることができ,その年代は11 ka/12.8 cal. ka(奥野,2002)で,新ドリアス期頃に当たる.また,日本列島を広く覆うK-Ah(6.5 ka/ 7.3 cal. ka: 奥野,2002)は,南九州では一般に約50cm以上の厚さで広く堆積する.縄文海進最盛期,ヒプシサーマルの良好な指標テフラである.
埋積浅谷の形成:上記のテフラ降灰域では,シラス台地上の埋積浅谷の埋積物中にこれらのテフラが挟在する.最下位のSz-Tk6は浅谷の基底に極めて近いところによく認められ,浅谷の大部分がこのテフラ降下以前に形成されたことは明らかである.入戸火砕流とSz-Tk6の年代から見て,その侵食は入戸火砕流原の形成後遅くとも3000年以内には終わったことがわかる.薩摩半島西部などSz-Tk6を認めがたいシラス台地では,埋積浅谷の埋積物中の中位にSz-SとK-Ahが介在し,浅谷が形成された後このテフラが降下するまで,かなりの時間間隙があったことを示す.一般にK-Ahはほぼ水平に堆積し,そうした台地上の埋積浅谷はK-Ah頃にはほぼ平坦化されたことがわかる.こうした結果は,入戸火砕流堆積直後に急速なガリー侵食が生じて浅谷が形成され,その後は基本的には侵食が停止し,浅谷の埋積が進んだことを示す.このことは,シラス台地を刻む侵食段丘が火砕流原生成後極めて短期間に形成されたこと(横山,2003)と符合する.
火砕流台地の形成-火砕流堆積による瞬時の形成-という火砕流特有の性質から見て,こうした谷の形成は普遍的なものであり,阿蘇や支笏カルデラ周辺地域などを初め,他の火砕流台地の地形発達も基本的には同様の過程をたどったものと考えられる.現在微地形的に平坦とみられるシラス台地面は,その形成直後には,微起伏が生じていたといえる.