抄録
1.はじめに
近来、中山間地域では過疎・高齢化、地域経済の沈滞といった社会経済的な問題のみならず、イノシシ、クマのような野生動物が中山間地域の集落に出没するなど、野生動物による被害が深刻になっている。
中山間地域の多くの森林生態空間には、生態環境を考慮しない開発行為、すなわち、経済性の低い原生林からスギ、ヒノキといった人工林への代替造林、レジャー施設の建設とその施設への接近性(accessibility)を高めるための道路建設などの人為的な要因や台風、豪雨、豪雪などの自然的な要因、さらには倒木の放置や間伐の未履行などの森林管理に関わる要因によって、森林生態系の破壊が進んでいる。生態系が破壊され、生息地を失った野生動物が食材を得るためやむを得ず人間の居住地にまで出没することは人間が自らもたらした必然の帰結とも言えよう。
本研究では、ツキノワグマを研究対象種として選定して、西中国山地のツキノワグマ生息地における生態環境の変化を時系列に評価するとともに、最近、ツキノワグマが人家周辺への出没頻度が高くなる原因を究明することを目的にする。
2.研究対象種および地域の選定
広島、島根、山口の3県にまたがる西中国山地には、個体数約300~700頭と推定されるツキノワグマが生息しているが、最近、頻繁に農耕地や人家周辺へ出没し、農作物の被害とともに地域住民に恐怖感を与えることによって、多くのツキノワグマが有害獣として駆除されている。
しかしながら、ツキノワグマは国際自然保護連合(IUCN)のレッドデータブックの危急種(Vulnerable)に指定されている種で、国際的にも絶滅の危険性が高い個体群として保護されている。韓国の場合、野生ツキノワグマはほぼ絶滅したと推定されており、野生ツキノワグマを復元するため国を挙げてのプロジェクトが施行されている。
研究対象地域である旧吉和村や旧戸河内町は、ツキノワグマの生息地でおり、まだ豊かな渓畔林が残っている地域である。しかし、スキー場やゴルフ場などの施設が数多く建設され野生動物の生態通路が断絶されている。近年では原生林が残っている渓畔林周辺まで大規模林道の建設が進められている。
3.研究方法および概要
1960年代から最近まで、土地利用パターンの変化がツキノワグマ生息環境に及んだ影響を把握するため、航空写真や現存植生図、各種統計データなどの分析を行なう。また、GPSを用いてツキノワグマの痕跡や捕獲檻などの位置を正確に把握し、ArcInfo9.1を用いてキノワグマの生息環境を解析する。さらに、ツキノワグマが生息するために必ず保護すべき地域を選定・提示する。
近来、野生動物の人家周辺への出没は大きな話題になっている。野生動物が自分の生息地から離れた場所まで食材を探して出没するのは、既存の生息環境が崩れたことを意味する。現在の生態環境を正確に診断・分析し、人間と自然が共存できる持続可能な生態環境を造成するための努力が切実に必要であろう。