日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 506
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和歌山県みなべ町におけるウメ生産農家の経営変化
*則藤 孝志
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抄録

1.はじめに
 農業のグローバル化によって,国内の農産物産地は衰退・再編を余儀なくされている.そのなかで,加工用農産物産地では,加工部門のグローバル化が産地の衰退・再編に影響し,ときにドラスティックな変化を引き起こすことが明らかになっている(後藤,1998;2006).こうした成果は,加工部門を介してマクロスケールから農産物産地の変化に迫ったものであるが,地域農業としての産地変化の解明には,農業部門からのミクロスケールでの研究も必要である.以上の問題意識のもと,本研究では,和歌山県みなべ町のウメ産地を対象地域として,産地がダイナミックに変化しはじめた1980年代以降,農業経営がどのように変化したかを明らかにすることを目的とする.

2.1980年代以降における産地の動向
 ここでは,梅干加工業者(以下,加工業者)や農協関係者などへの聞き取りと先行研究を踏まえ,80年代以降における産地の動向を概観する.80年代以降,健康志向の高まりや,外食産業の発展から梅干の需要が増加した.これに対応するため,加工業者は生産ラインを拡大させた.これに伴い,原料であるウメの需要が増大し,農家は活発に園地を拡大させ,生産量は増大した.また,原料の引き合いが強い中で価格が高騰し,産地はウメバブルを経験した.しかし,90年代後半以降,梅干の消費停滞や加工業者による中国産ウメの輸入拡大などにより,産地は生産過剰に陥っている.

3.農家経営の変化に関する調査と結果
 みなべ町のウメ生産地域は,町内全域に広がるが,ウメ生産の歴史的経緯から,早くからウメ生産が存在した歴史的地域と戦後に生産を本格化させた新興地域に分けられる.そこで本研究では,新旧2つの地域から調査集落を選定し,農家に現在と過去2時点(20年前,10年前)における農業経営を構成する各要素と今後の経営方針を調査した.なお,調査は2006年9月に実施した.調査結果の分析は以下の通りである.まず,園地の変化において,歴史的地域では転作,新興地域ではパイロット園地や山林開墾など園地造成によりウメ園地を拡大させた.労働面では,新興地域においてウメ生産が拡大する中で,林業や製炭業,季節労働など伝統的職業が姿を消した.出荷においては,両集落で青ウメから白干出荷への転換が行われた.また,出荷先との関係が希薄な新興地域において,出荷先の多チャンネル化が確認できた.生産過剰に苦しむ現在,歴史的地域では,雇用労働の節約や野菜生産の拡大など経営再編の動きがみられた.一方で新興地域では,以前としてウメを拡大する志向が強い.

4.価格交渉力からみる加工部門と農家の関係
 原料の引き合いが強かったウメバブル期は,農家において価格交渉力が強かった.これが,加工業者にとって一層の中国産輸入を促す契機となったと考えられる.しかし,生産過剰となっている現在は,価格交渉力は加工業者が強く,出荷先が多チャンネル化している新興地域において,農家は買い渋りにあう危険性がある.

5.おわりに
 80年代以降,歴史的地域,新興地域の双方において農家経営がダイナミックに変化した.園地の拡大や出荷先の変化など,新興地域においてより大きな変化がみられた.また,このような農家経営における変化のダイナミズムは,この産地が加工部門と関わって変化する中で生じたものである.なお,現在,生産過剰の中,規模拡大を志向する新興地域において農家経営に強い不安要素を抱えていることが指摘できる.

参考文献
後藤拓也(1998):輸入自由化と生産過剰にともなう加工トマト契約栽培地域の再編成.人文地理,50(2),pp.46-67.
後藤拓也(2006):輸入畳表急増下における熊本県い草栽培地域の再編成.人文地理,58(4),pp.1-21.
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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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