抄録
1.日本における歴史的町並みの現状
日本における歴史的町並みの保全は、1972年、文化財保護法の改正により、保全対象が点から面へと拡大されてから一般化した。これ以降、歴史的町並みを保全し、地域資源、特に観光資源として活用して地域活性化を図る事例が全国各地でみられるようになった。埼玉県川越市などはその成功例として知られている。しかし、歴史的町並み保全に伴う地域の変容は、一部に利益をもたらすものの、その一方で不利益をも同時にもたらしている。観光客による騒音やゴミの問題、居住者・経営者間の意識の差などが問題として挙げられている。
歴史的町並み保全に注目が集まり、多くの地域が積極的に町並み保全を推進したことにより、日本には多くの歴史的町並み保全地区が誕生した。平成19年7月1日現在、国の重要伝統的建造物群保存地区には79地区が選定されている。
しかし、今や日本の歴史的町並みは、地域性が薄れたものになりつつある。建造物は綺麗に復元・修景され、統一感のある町並みに整っているものの、街路には土産物店や観光客向けの飲食店が軒を連ね、どこも代わり映えのしない風景となってしまった。地域の特産品を扱う店舗もあるが、商品の大多数は周辺地域で製造されたもので、中には輸入品も並んでいる。歴史的町並み地区を好んで全国各地に出店する企業も現れた。例えばY店はアクセサリーや生活雑貨を販売しているが、歴史的建築物風な店構えで周囲の町並みに溶け込み、観光客を呼び込んでいる。
2.線的な日本の歴史的町並み
日本の歴史的町並みは、面的というよりも、通りに沿って線的に認識されることが多い。また長い間、陸地では徒歩での移動が主流であったため、道路幅員が狭い。狭い道路幅員は、歩きながら左右の景色を見てまわる観光に適しているといえるが、実際は道路を自動車と共用している場合が多いため、歩行者と自動車の問題が避けられない。
一方、ヨーロッパは馬車の影響を強く受けたため道路幅員が広く、歩道が確保されている場所が多い。また、歴史的町並みの広がる区域は、自動車侵入禁止になっている例が多いのも特徴として挙げられる。このような区域は地域の住民が暮らしの場として使用している場合が多く、広場のような公共空間が観光にも役立っている。まさに面的な拡がりとして認識される。
このように、日本とヨーロッパの歴史的町並みは、それぞれ線的・面的に認識されている。日本では表通りを観光用に整備し、できるだけ裏側を見せないような工夫を施してきた。その結果、暮らしの場が見えない、観光用に整備された景観といった印象が否めない状況に至っている。
3.日本人の観光特性と景観の変容
日本の歴史的町並みが画一化しつつある要因の1つに、似通った建物利用が挙げられる。特に多いのが、土産物店や観光客向けの飲食店で、民芸品店、漬物店、手焼き煎餅の店などはいたるところで目にすることができる。各地で配布している地図には、観光名所や公共施設案内とともに土産物店が記されている。日本人にとってお土産は、観光の中でも重要な位置を占めているといえる。このことは日本における観光の歴史と深く関連しており、保養・休養を目的として発達したヨーロッパとは異なっている。そのため観光地で土産物を求める日本人の行動は一般的なものであり、観光地に土産物店がひしめくようになったのは、その需要に応じた自然の成り行きであったと考えられる。
4.暮らしがみえる風土を活かした景観
歴史的な町並みを現代の暮らしに合わせて動態保存していくことは重要である。しかし、流行にのって全国で画一化した町並みが誕生しつつある。今こそ日本の歴史的町並み保全の現状を見直すとともに、地域を観光としてのみ捉えるのではなく、暮らしの場として見直し、それぞれの風土を活かした景観保全を考える必要があるといえる。