日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 205
会議情報

観光地化による重要伝統的建造物群保存地区の変容
福島県下郷町大内宿を事例に
*中尾 千明
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録


 1975年に文化財保護法が改正され,伝統的建造物群保存制度(以下,伝建制度)が施行された。現在,文化庁選定の重要伝統的建造物群保存地区(以下,重伝建地区)は2007年3月31日現在,37都道府県67市町村81地区に及ぶ。これらの重伝建地区では,選定に際して総合的な調査報告書が作成され,その後も建築学・環境社会学・地理学などの分野から研究が行われているが,多くは伝統的建造物(以下,伝建物)の保存方法や保存の施策に関する研究が中心である。そこで本研究は,選定から四半世紀を経過した福島県南会津郡下郷町の大内宿を事例に,観光地化が進展するなかでの住民の生活様式や観光客向けの商業活動の変化を明らかにすることを目的とする。
 本研究で対象とする大内宿は,福島県南会津郡下郷町大内地区に含まれる中山間集落であり,江戸時代には下野街道沿いの宿場町として会津城下からの物資運搬や参勤交代に使用された。旧下野街道の東西両側には現在,茅葺屋根民家45棟が立ち並び,1981年に重伝建地区に選定された。2005年には年間約85万人の観光客が訪れ,2006年現在,地区内の大半の住民が土産物店・飲食店・民宿など観光客向け店舗を営む。使用するデータは2006年12月10日~17日実施の現地調査を中心とし,拙稿「歴史地理学」第48巻1号掲載の「歴史的町並み保存地区における住民意識―福島県下郷町大内宿を事例に―」に収載のデータも部分的に使用した。
 観光地化による大内宿の変化としては,観光客増加による観光客向け店舗の増加がまず挙げられる。それを踏まえたうえで,4つの事柄が明らかとなった。
 1,観光客向け店舗は,生活上の経済的余裕,次世代後継者の地区内定着、雇用の場の創出などをもたらし,集落住民の生活意欲を向上させた。しかし過度の観光地化は,共同体意識の脆弱化を促進し,住民に集落存続の危機感を抱かせる要因ともなっている。
 2,敷地にゆとりがあるため,多くの世帯では伝建物の裏手に居住用の建物を新築し,伝建物と住居空間の分離が進行している。これは伝建制度における制約を受けてもなお,現代的な生活の維持が可能であることを示唆しており,大内宿での保存事業成功要因の一つであると考えられる。
 3,観光客向け店舗の商取引は以下のような変化を見せる。当初は観光客の増加により,住民は観光客向け店舗を開業するものの,陳列商品へのこだわりはなく,他県や他市町村の卸業者からの仕入れが多くを占めていた。しかし観光客との対話から観光客が所望する商品を知るにつれて,地元志向が強まり,南会津地方の卸業者との商取引関係を強めた。また,意識の面でも大内宿の一人勝ちから脱皮して南会津地方の活性化を考慮に入れるという変化もみられる。
 4,観光客増加に伴い従業員の雇用も増加した。
 特に3,4から,重伝建地区大内宿は物資や人が集まる経済的な結節点となり,重伝建地区大内宿を中心とした機能地域を形成していることが明らかとなった。

著者関連情報
© 2007 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top