抄録
本報告の目的は,日本のアグリビジネスが農産物の開発輸入をどのように進め,中国における対日輸出産地の形成にいかに関わってきたのかを,地理学的視点から解明することである。具体的事例として,日本の輸入商社によるい製品(畳表,ゴザ類)の開発輸入を取り上げ,以下の知見を得た。
日本のい製品輸入量は1980年代半ばから急増し,輸入先の中国ではい製品の開発輸入が活発化するようになった。日本のい製品輸入において重要な役割を果たしてきたのが,い草の旧産地に所在する一部の特定商社である。なかでも,(株)トクラを始めとする岡山県資本は輸入商社の組織化を主導するなど,い製品の輸入拡大に主導的な役割を果たしてきた。実際,岡山県資本は日本のい製品輸入シェアで上位を独占しており,輸入主体としてこれら特定商社に着目する重要性が確認された。
そこで,い製品輸入の大手3社((株)トクラ,(株)イケヒコ,萩原(株))に着目し,各社がどのようなプロセスで中国へ進出したのかを検討した。各社とも戦前期からアジア市場との関係を有しており,そのことが1980年代以降の中国進出に少なからぬ影響を与えたことが判明した。また,各社ともい草栽培適地である浙江省に拠点を集約化するなど,調達戦略に共通点が多く認められる。さらに,各社の調達先所在地とい製品輸出産地の分布は空間的に一致しており,各社の中国進出が輸出産地の形成に大きく寄与していることが確認できた。
さらに,日本の輸入商社がどのようなメカニズムで中国の現地調達先を育成したのかを検討した。中国では生産資材の確保が困難であるため,各社とも日本から織機を持ち込み,補償貿易の形で現地調達先との取引を開始したことが判明した。また,各社とも現地調達先に対して技術指導を定期的に行うなど,日本から資材と技術を移転させることで産地形成を進めたといえる。さらに,各社とも産地の技術的水準に応じて調達先を使い分けており,そのことが品目による輸出産地の分化を招いている。
以上の分析結果から,本報告の結論として次の2点を指摘できる。まず第1に,日本のアグリビジネスが進出先を選定する場合,経済的要因だけでなく,歴史的関係,自然的要因,技術的水準など,複合的な要素が考慮されているという点である。そして第2に,日本のアグリビジネスが開発輸入を進める上で,国内調達や国内産地との関係が非常に重要な意味を持っているという点である。