日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 510
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ショートフードサプライチェーンにおける清酒製造業者と酒米生産者の提携関係
*伊賀 聖屋
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抄録

1.はじめに
 食料生産・流通の匿名性が高まるなか,日本では新たな食料供給のあり方としてショートフードサプライチェーン(以下,SFSC)が注目されるようになっている.SFSCは,2つの点で従来型の食料供給体系と性格を異にする.1つは取引される食品のオルタナティヴな属性,もう1つはチェーンを構成する主体間のオルタナティヴな関係性である.とりわけ後者は,ショートという言葉に表されるように,生産部門と消費部門との社会的・空間的距離を短縮することに眼目が置かれている.
 SFSCは地場食品企業の差別化戦略や地域農業振興策にかかわり,新たな地域活性化モデルとして政策的・学問的に期待されている.ここで重要なのは,SFSCの特徴である「近接を軸とした主体間関係」の意味を明らかにし,それが現代の食の生産と供給においてもつ意義と課題を検討することであろう.そこで本研究では清酒製造業を事例に,ローカルな場面で酒造業者が酒米生産者と結ぶ提携関係をSFSCと位置づけ,そこで主体間関係がどのように形成され,いったん形成された主体間の関係が個々の主体の解釈・行為にどのような影響を及ぼすのかを考察する.

2.研究の対象
 具体的事例として取り上げるのは,兵庫県丹波市A社と広島県竹原市B社が取り組む地域密着型の「顔のみえる」酒米生産・加工である.現在,A社は丹波市周辺の,B社は竹原市近在の複数の農家・生産者集団からそれぞれ酒米の調達を行っている.清酒の年間製成数量からみる限り,両社とも地場零細企業としての性格をもつ.

3.提携関係の形成と実態
 A・B社は1996年以降段階的に酒米生産者との提携関係に入った.その経緯は様々であるが,1つの提携パターンとして「自然食品系業者・団体による仲介」が共通してみられる.これは,A・B社や農家の多くが自然食品系業者との人脈を蓄積していたためである.また「提携農家による近隣農家の紹介」も共通してみられる.一方,A社事例では生産者がA社に直接働きかけるパターンが多くみられるのに対し,B社事例では同社が生産者に働きかけるパターンが多い.なお,ほとんどの主体が相手方との「人的つながり」を重視して提携関係を結んでいた.
 現在のA・B社と酒米生産者の取引形態は,「全量買取り保証」,「生産費保証」により特徴づけられる.契約は口約束によるもので,毎年ほぼ自動的に更新される.酒米の栽培方法に指定はないものの,有機農法やアイガモ農法を実施する生産者が存在する.各社と酒米生産者の定期的な接触は,田植え・稲刈り・仕込み・搾りにおける共同作業や,消費者・取引先との交流会においてみられる.また不定期のものとしては,相互訪問や食事会,旅行などが挙げられる.ほとんどの接触が対面によるもので,「清酒製造業者と酒米生産者の関係」を超えた付き合いがみられることもしばしばである.

4.提携関係が主体に及ぼす影響
 提携関係に対する各主体の評価を踏まえると,二者間関係がA・B社と酒米生産者の解釈・行為に与える影響は以下のように整理される.
 1)信頼関係の醸成: 地域に根ざした酒米生産体制は,A・B社と酒米生産者との接触頻度・手段の向上をもたらし,社会的近接を高める.結果,両者間の情報偏在は緩和され相互に信頼関係が醸成される.またそれは,各主体の生産意欲・責任感の向上へとつながる.
 2)ネットワークの進化: 提携関係は,A・B社と酒米生産者の二者間関係であると同時に,双方がそれぞれ有するネットワークの構成要素を相互に結びつける役割を有する.そこではA・B社と酒米生産者が,二者間関係で入手しえなかった情報・機会・資源に接近できる可能性がある.
 3)有利な生産条件の保証: 酒米生産者は,A・B社が提示する自己に有利な取引価格・方式を提携における利点の1つとして高く評価する一方,A・B社はそれらに経済的なメリットを期待していない.このように提携関係の構築・維持に向けては,清酒製造業者側の酒米生産者に対する一程程度の経済的フォローが必要とされる.
 4)不測時におけるリスクの問題: 提携関係は,A・B社と生産者個人の個別取引で成り立っているがゆえ,たとえば取引停止や台風などの自然災害発生時に出荷・調達先の代えがきかない.それゆえ,A・B社と酒米生産者には常に原料生産・調達の安定性,継続性についての課題がつきまとう.
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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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