抄録
近年の成長が著しい重慶市は中国の南西部に位置し、「中国3大火炉」の1つとされる夏の暑さで有名な都市である。また、盆地状の周辺地形と発生源の集中により、大気汚染も深刻となっている。本研究では、中国の巨大都市である重慶において2004年8月の典型的暑熱問題日に観測された暑熱環境指標関連のデータを解析し、当該都市内の景観の異なる複数地点における体感温熱指標を計算し、都市計画への提言を念頭に、その空間的時間的特徴についての検討を行った。その過程で用いられたRayMan Model (Matzarakis et al., 2006) は任意の地点において、その地点における放射環境にかかわる範囲の周辺地物(建築物)の形状などを入力することにより、その地点の温熱環境を計算するツールである。一般に中国の都市では、都市計画GISデータなど高解像度の地図情報は保密(機密情報)とされ、アクセスすることが不可能である。つまり、都市内の建物分布に関する電子空間情報基盤へのアクセスが不可能であるため、放射環境を計算するためには、周辺地物(建築物)の形状を簡便な手法で取得する必要がある。そこで本研究では魚眼レンズを用いた天空写真をもとに必要な情報を作成し、RayMan Modelに入力することで、観測で求められた体感温熱指標の数値計算による検証を行った。精緻な電子空間情報基盤が存在しないフィールドにあっても、簡便な手法により一定の精度で体感温熱指標の算出が可能となれば、この手法は都市空間情報基盤不足地域における熱環境評価にとって有益と考えられる。
各観測地点では一日数回約1時間ほど、気温、湿度、風速、平均放射温度を1分間隔で計測・記録した。また、各回の観測の中央の時間帯には2次元放射温度計による周辺地物表面温度の観測および魚眼レンズを接続したデジタルカメラによる天空写真の撮影を行った。体感温熱指標としては、clo値0.5(夏服に相当)、met値1.5(屋外歩行時に相当)におけるPMV(予測温冷感申告;Fanger, 1972)およびSET*(標準新有効温度;Gagge et al., 1986)を採用した。PMVとSET*は、九州大学によって開発されたフリーソフトウェアET_AEEを用い、各回の観測における平均値(気温、湿度、風速、平均放射温度)、clo値、met値を入力して求められる。
ドイツ・フライブルク大学気象学科のMatzarakisらにより開発されたRayMan Modelは、都市の地表面形状を構成する建物や樹木といった放射にとっての障害物の空間配置、あるいは雲の影響といった放射環境を評価するものであり、任意の地点において、その地点における放射環境にかかわる範囲の周辺地物(建築物)の形状などを入力することにより、その地点の温熱環境を計算するツールである。このモデルの主たるアウトプットは、PMV、PET、SET*のような様々な体感温熱指標であり、都市空間の生気象学的な評価が可能である。本研究では、現地で撮影された魚眼レンズによる天空写真の画像データについて、建物のあるなしで2値化したものを天空率の情報として使用し、評価対象地点における周辺地物の分布情報については、現地調査(レーザーレンジファインダーによる評価対象地点から建物壁面までの距離の測定)および写真判読から作成した。また、気温、湿度、風速については今回の実測により得られたデータを使用し、clo値、met値についても今回の解析で仮定した値を用いた。実測値より計算された体感温熱指標とRayMan Modelによって計算された体感温熱指標を比較した結果によると、SET*あるいはPMVにおいて実測値との間に良好な相関関係が見られる。特にPMVとの間には決定係数で0.87という高い相関が見られた。