抄録
研究の目的
経済のグローバル化のもと先進国へと越境するインド移民社会はどのような新たな社会を創り出そうとしているのだろうか。本研究は、移民労働者の受け入れの是非についての議論(あるいは外国人労働者、社会統合におけるコストに関する議論)などの先進国における他者としてのエスニシティ研究ではない。移民(ここでは在日インド人)がエスニックな状況に置かれる中で、どのように自分たちの場所を作りあげてきているのかに焦点をあてて考察するものである。その主たる論点は、次の2点である。
1.越境した移民達は、先進国で自分たちの生活空間でありかつアイデンティティの再生産の装置である「場所」をどのように作りあげてきているのか?そしてそれは、越境することにより彼らの社会やアイデンティティのあり方にどのような変化をもたらしてきたのか?アイデンティティの再生産の装置として本発表では、新しく創設されたインド人学校を取り上げる。
2.東京のインド人社会はきわめて新しい移民社会であり、その際に、インターネットは新しい定住地を形成する上で、新たな役目を果たしている。それは、従来の対面接触を前提としたコミュニティ形成とどのような違いをもたらしているのか?
在日インド人の動向―インド人IT技術者の流動
1990年以降、東京都ならびにその周辺での在留インド人の顕著な増加がみられた。在留インド人の増加は,1990年代半ばから進展したIT革命に関連した技術者需要の増加と深く関わっているといえる。また近年では家族滞在の数も増加し,女性ならびに子どもの数が増えている。
東京におけるインド人コミュニティとインド人学校の成立
東京都のインド人は,特に江戸川区で増加が著しく,集住地区(西葛西)が形成されている。インド人コミュニティは,これまで母語(出身州)や宗教(ジャイナ教など)ごとに成立していたが,近年ではインターネットを通じて,ナショナリティに基盤を置くコミュニティや居住地域(江戸川区)を単位とするコミュニティが成立するようになっている。また子どもの増加に従い,2004年に初めてのインド人学校(江東区)が設置され、 06年には2番目のインド人学校が江戸川区に設立された。さらに08年に3番目のインド人学校が横浜市(緑区)に設立される予定である。これらの学校は、インド中央政府の学校教育基準に則したものであり、IT技術者の子どもがインドの私立学校やアメリカのインド人学校にもスムーズに編入できる基準を満たしている。これがIT技術者のグローバルな流動性を担保する重要な条件となっている。また、インドの私立学校と同様英語が公用語(English Medium)であり、各母語での教育は行わない。本国から離れた地でインド国民としてのナショナル・アイデンティティの養成装置としての機能が着目される。横浜市によるインド人学校の誘致は、インドの資本(IT企業)を横浜市に誘致する基盤整備のため行われ、外資獲得をめぐる都市間競争における横浜市の都市戦略の一環である。