日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: 607
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大都市外縁部におけるルーラリティの商品化と農村再編
商品化する日本の農村空間に関する調査報告(3)
*小原 規宏
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抄録

_I_ はじめに  近年,ルーラルツーリズムや都市農村交流は,特に地方の農村部における活性化の手段として定着してきた.関東農政局が2001年に都市住民に行った「趣味としての農作物作りへの意向」アンケートでは,「現在作っている」と回答した人が15.7%,「作ってみたい」と回答した人が60.7%となり,都市住民の多くが少なからず農村や農業へ関心を寄せていることが明らかとなった.加えて,定年後の第二の人生を送る上で趣味として農作業を挙げる都市住民も多く,団塊世代の定年はますますルーラルツーリズムや都市農村交流に対するまなざしを強めるだろう.そのような中でルーラルツーリズムや都市農村交流に関する農業・農村地理学的研究も蓄積している.しかし,その多くはルーラルツーリズムや都市農村交流のゲストとなる都市住民の量的なデータ分析が中心で,ルーラルツーリズムや交流が農村や農村空間に何をもたらすのかという質的なデータ分析は少ない.そこで本研究は,ルーラルツーリズムの先進地として近年注目を集めている茨城県笠間市における滞在型市民農園を事例に,ルーラルツーリズムがもたらす農村空間の質的変容を分析した. _II_ 笠間市におけるルーラルツーリズムの発展  笠間市は、茨城県の中央部に位置し,首都圏からは約100kmの距離にある.県庁所在地である水戸市と隣接しており,2006年3月に旧笠間市,旧友部町,旧岩間町が合併し,笠間市となった.市を南北に分断するように水戸線が走り,市の北側では,古くから笠間稲荷神社や笠間焼を中心とした観光産業が盛んであった.一方,南側では,古くから農業が主産業であったが,1980年代以降,その土地生産性の低さから農業生産基盤が弱体化し、農地の荒廃が深刻化した.その対応策として,1994年以降,旧笠間市南部の本戸地区において都市住民向けの滞在型市民農園の建設が本格化した.そして,2001年4月に面積約4ha,関東発の滞在型市民農園がオープンした.滞在型市民農園は,北関東自動車道笠間インターチェンジから約8kmに立地し,「農芸と陶芸のハーモニー」をテーマに「農」のもつ多面的機能と笠間の歴史・芸術・文化との融合を図り笠間型のライフスタイルを楽しむことを提案している.50区画(37_m2_の簡易宿泊施設と100_m2_の菜園、芝生)の滞在型市民農園に加えて日帰り市民農園が50区画(1区画30_m2_)用意されており,計100組の利用者の受け入れが可能となっている.滞在型市民農園に隣接してクラブハウスや堆肥場,農機具倉庫,農作物販売所,そば処がある.利用期間は,滞在型,日帰り型ともに4月から翌年3月までとなっており,利用者の希望により最長5年間の更新が可能である.利用料金は,滞在型市民農園が年額40万円(光熱水費等は別途負担),日帰り市民農園が年額1万円である.  2007年の利用状況は,滞在型市民農園が50区画中50区画,日帰り型市民農園が50区画中44区画の利用となっている.利用者の内訳をみると,滞在型市民農園は東京,神奈川,千葉,埼玉からの利用者が多くなっている.担当者によると,開設当初4,5年は1.5倍前後であった抽選倍率が,ここ2年で急激に上昇したという.運営費用については,2006年予算では歳入が2,120万円,歳出が1,720万円となった.滞在型市民農園の宿泊施設の建設にかかった費用は1棟当たりおよそ1,000万円で,利用料金以外の堆肥生産費や維持管理費などは施設側が負担しており,事業の主目的は経済的な収益よりもルーラルツーリズムによる笠間市の活性化であるという. _III_.笠間市におけるルーラリティの商品化と農村再編  2007年11月に行った滞在型市民農園利用者へのアンケート調査によると,利用者の7割が提供される様々な講習会や体験イベントへ参加している。市民農園では,「懐かしさを誘う田舎体験」をキーワードに「無農薬農業体験」や「りんごの栽培体験」,「味噌作り体験」,「こんにゃく作り体験」,「ジャム作り体験」などが提供されており,利用者の多くが「田舎体験」を主としたルーラリティを消費している.また,利用者の6割が市民農園の農業とともに,窯業体験にも参加している.  笠間市では,滞在型市民農園利用者によるルーラリティの消費が進むにつれ,地元住民にも変化がみられるようなった.市民農園周辺では,体験イベントなどを通じて積極的に都市住民と交流したり,市民農園に隣接した農産物直売所へ農産物を出荷する農家が現れたり,窯業体験に参加する市民農園利用者に窯業指導する陶芸家が現れ始めた.このように笠間市では,滞在型市民農園を核としたルーラルツーリズムの進展にともなって,都市住民と地元住民との交流が活発化し,さらにその土地生産性の低さから1980年代以降,荒廃し続けた市南部の農村が再び脚光を浴びることとなった.

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