日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: P706
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欧州における温暖化と近年のブドウ栽培の変化
*田上 善夫
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抄録

_I_ はじめに
 近年世界のワイン生産に顕著な変化がみられるが,とくに南北の地域間に異なる変化がある。2006年には,スペインで第1回ワインと気候変動に関する国際会議が開かれた。一方同年にラトビアで開かれた第1回北方のブドウ栽培国際会議には,エストニア,フィンランド,デンマーク,ノルウェー,スウェーデンなど,従来のワイン非生産国を中心とした参加があった。本年(2008年)にも,それぞれの第2回会議が開催,また予定されている。 
 両者における主要テーマは,気候変動のワイン生産に対する影響であるが,地中海周辺では高温障害への対応などが生じ,バルト海周辺では新たに商業的ワイン生産が開始されるなど,きわめて対照的である。栽培されるブドウ品種の生育期間の適温により,地球温暖化は欧州の南北間に異なる問題が生じた。
 ワイン生産には,古代や中世にも大きな変化が知られており,それらは気候変動の代替資料とされてきたが,近年の北方では,旧生産地が復活するのみならず,歴史的にワイン生産が知られていない地域まで拡大している。本研究では,こうしたワイン生産の変化について実態を明らかにし,その気候変動との関わりについて検討する。
_II_ 欧州北部でのブドウ園の動向
 北方では冷涼な気候のために,リンゴなどの果物やベリー類,また輸入したブドウからワインが作られていたが,商業的にブドウ栽培を行うようになった。近年生産が開始されたブドウ園は,ラインやモーゼルなどの伝統的なワイン産地より,はるかに北方に位置する(図1)。 
 バルト三国にも,かつてブドウ栽培が行われていた地域があった。ラトビアのTalsi地方のSabileでは,1989年に再開された。エストニアのサーレマー(Saaremaa)では,古くから家庭でブドウを栽培していたが,小さなブドウ園がLümandaで2004年から,Pöideでは2006年から始められた。
 北欧では従来,ワインは生産されなかったが,新たなブドウ栽培が始められている。デンマーク,ユトランド半島のドン(Dons)では,ワインが商業生産され2001年産のものから販売されている。スウェーデンでは,現在50ないし100のブドウ園があり,推計12.5haの商業的なブドウ園がある。南部のÖland島でもワインが生産され,その北のゴットランド島では2002年より生産が開始された。さらに北にあるストックホルム西方のBlackstabyでは,2.5haのブドウ園から,2001年からアイスワインなどが作られている。
_III_ 気温偏差分布の変化
 ブドウ栽培には温度条件が深くかかわるため,耐冷性のズィルヴァーナーからミュラー・トゥールガウなどの品種が生み出されてきた。従来の栽培地域では,こうした耐冷性品種からシュペート・ブルグンダーなど,より高温に適する品種への変化がみられる。ブドウ栽培の北方への展開も含めて,温暖化を背景にしていると考えられる。ブドウ生産と気候変動とのかかわりについて検討する。
 Delaware大学で公開している,0.5度間隔の月平均気温データを用いる。期間は1900~2006年,範囲は西経10.25°~東経27.75°×北緯36.25°~61.75°とする。ブドウ栽培には生育の初期に暖かいことが重要とされるが,収穫量との相関は9月と5月でとくに高くなる。9月平均気温を,1901~1950年の平均値からの偏差で示す(図2)。
 欧州では,2003年は記録的な猛暑であったが,9月には2006年や1999年の方が高温であった。昇温の中心は,ドイツ北部からスカンジナビア半島南部にある。一方1996年や2001年は低温であったが,降温の中心は南欧にあって,北欧では必ずしも低くない。すなわち北方ではおよそ安定した高温状態となっており,このことがブドウ栽培の促進の要因とみることができる。
_IV_ おわりに
 北欧での高温状態は1979年以降に明瞭となるが,ブドウ園は1970年代より復活の兆しが現れ,1990年代に増加するとともに,2000年代には新たな地域にも出現するようになった。これらの規模はきわめて小さく,伝統的なワイン産地と同列に論じることはできないが,北欧での近年の顕著な昇温が,大きな要因であると考えられる。ブドウ栽培は気温への依存性が高く,気候変動の影響が現れやすいが,他の農作物や植生においても長期的には変動の影響が現れると考えられる。

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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