日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: P713
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岩手県春子谷地湿原における花粉組成による古気候の復元
*吉田 明弘吉木 岳哉
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抄録

_I_.はじめに
従来,完新世は安定した温暖な気候環境と考えられていた.近年,グリーランドのアイスコアの酸素同位体や西アフリカ沖の海洋コアのアルケノン古水温は,8,500年前の急激な氷河・氷床の融氷に伴う海洋の熱塩エネルギーの停止とそれによる寒冷化を記録していた(例えば,Kim et al., 2008).このような完新世における気候変動を日本で復元することは,地球規模の気候変動のメカニズムを解明する上で重要であると考えられる.
古気候の復元には,年輪やアルケノン,酸素同位体比などの代替指標を用いて定量的な気温・水温が用いられている.従来,花粉分析は過去の植生および気候を示す代替指標として多くの地球科学研究で用いられてきた.しかし,古気候の復元は主に相対的なものにとどまっていた.近年,Nakagawa et al. (2004,2003, 2005, 2006,2008など)はベストモダンアナログ法を用いて水月湖や琵琶湖の堆積物の花粉組成から定量的な気候の復元を行った.これらの研究は,堆積盆において1本のボーリングコアの花粉組成に基づく気候復元である.そのため,その復元結果の代表性を高めるためには,同堆積盆での複数の気候復元結果を比較する必要があろう.
岩手県春子谷地湿原は,吉田・吉木(2008)により約13,000年間の連続的な湿原堆積物が堆積していることが認められている.また,この湿原からは複数本のボーリングコア試料が採取されており,かつそれらのコア試料には対比可能な複数のテフラが挟在している.そこで,本研究は岩手県春子谷地湿原における複数本のボーリングコアの花粉組成に基づき定量的な気候復元を行う.また,これらの復元結果を比較検討する.

_II_.試料と方法
 岩手県春子谷地湿原は岩手山南東麓の標高は約460m,面積約14.7haの中間湿原である.試料は,吉田・吉木(2008)で手動式シンウォール型サンプラーを用いて採取された5本のオールコアを使用した.湿原堆積物は約5~6mの分解の悪い泥炭からなり,その中に複数枚のテフラ層が挟まる.テフラは,下位より秋田駒柳沢テフラ(13,450-13,310cal yrs BP),秋田駒堀切テフラ(9,890-9,590cal yrs BP),十和田aテフラ(AD 915年),岩手刈谷スコリア(AD 1,686年)である.コアBでは8試料のAMS法により14C年代測定値が得られており,これらをIntCal04の較正曲線に基づいて較正年代を算出した.またこれらの年代から堆積速度を求め,年代モデルを作成した.
花粉分析の試料は5本のコアについて約10cm毎に5mm幅で試料を採取した.花粉化石の同定は,吉田・吉木(2008)にしたがって,ハンノキ属を除く高木花粉を300粒以上を同定した.
気候復元にはベストモダンアナログ法に基づくPolygon1.5(Nakagawa et al., 2002)を用いた.また,Nakagawa et al.(2002)およびGotanda et al.(2002)によりまとめられた表層花粉・気象値のデータベースを使用した.なお,春子谷地湿原の花粉分析結果ではハンノキ属が非常に多く検出されるため,気候復元にはこの分類群を除いた31分類群で行った.算出した気候パラメーターは,年平均気温,年間降水量,最暖月の平均気温,最寒月の平均気温,冬季(10月~3月)の降水量,夏季(4月~9月)の降水量である.

_III_.気候復元
 以下では,吉田・吉木(2008)で花粉組成が報告されたコアBから復元された春子谷地湿原周辺の古気候(年平均気温)について述べる.
晩氷期の13.6cal kaには3.4℃であった気温は,12.6cal kaには9.0℃まで上昇する.12.0cal ka には5℃まで減少する.この気温の減少は,Younger Dryas期の寒冷化に相当するものと考えられる.その後,気温は急激に上昇し,10.1cal ka には10.3℃となる.後氷期になると,気温は約10℃前後で安定的な変動をする.その中でも,とく8.7~8.2cal kaにかけて,9.5~8.8℃と比較的気温が低い時期がある.西アフリカにおける海洋コアのアルケノン古水温の復元結果は,8.5cal kaに急激な海水温の低下を記録している(Kim et al., 2008).すなわち,大西洋の気候振動は,極東域の日本の気候に影響を与えたと推測される.2.7cal ka以降は,10℃と冷涼な時期が続く.その中で1.2cal kaは10.5℃と温暖であり,170cal yrs BPは6.6℃と極めて低い.時間的分解能の問題はあるが,1.2cal kaは中世温暖期に,170cal yrs BPは江戸時代の寒冷期に対応する可能性がある.今後,他の時間分解能の高い代替指標との比較検討も必要であろう.

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