抄録
1.日本における「森とヒト」の近現代
明治以降、日本の林野政策は、ドイツからの輸入学問として発展した林学によって形作られてきた。その特徴は、林野の資源として木材を限定的に想定した点にある。その必然として、木材生産による収益拡大のために、「ヒトなき森」が指向された。すなわち、旧来、人々が林野で展開してきた様々な生業が、木材生産の障害になる、もしくは低生産な土地利用である、という理由でたびたび排除されてきた(筒井1978)。こうした数々の政策は、「森とヒト」の関係を単純化した。
この潮目が変わったのが、昭和40年代である。行き過ぎた人工林化と開発への反動から、希少な生物の生育環境、水源涵養、保健休養の場として林野の価値が再認識された。林野政策は、林野が木材生産のみならず「公益的機能」を発揮することを目指すようになった。具体的には、果しうる機能によって森林を区分(ゾーニング)し、区分ごとにその機能の充実が図られる。「森とヒト」のつながりは再び多様化しつつある。しかし、ここで多様化している森とヒトのかかわりとは、半ば観念的であり、社会にとっての便益としてどれほど実体的なかかわりが創出されるかは疑問が残る。
2.方法としての低生産な生業への着目
かつて、低生産と烙印を押された生業がある。当然ながら、これらの生業は人々にとって意義があるゆえに存続し、森とヒトの多様な関わりの一介として複雑に編みこまれていた。本稿は、主に東北地方における山菜・きのこ採りの意義と、資源供給の仕組みを回顧することにより、「森とヒト」の関係構築への示唆を引き出す試みである。
3.山菜・きのこ採りの意義と存立背景
1)意義
山菜・きのこは、多くの場合、商品化されずに消費されるにすぎないが、食材として高い評価が与えられ、地域の食文化をはぐくんできた。また、その採取活動は、かけがえのない楽しみともなっている。こうした価値を背景に、おすそ分けなどを通して密接なコミュニケーションの媒介となっている。山菜・きのこは、商品とならなくとも、地域の文化と社会の形成・維持の一端を担う資源である。
2)存立基盤
山菜・きのこは、原生的な林野で採取されることは少ない。他のなんらかの生業による植生改変が山菜・きのこ資源の供給に大きく関与している。
ワラビやフキなどの山菜は最も人家に近い領域で供給される。定期的な草刈りがこれら山菜のハビタットを維持する。かつては緑肥採取、屋根葺き材採取、牛馬飼養がその役割を果す主な生業であった。
マツタケやホンシメジなどのきのこは、比較的人家に近い、林齢の若い山林で供給される。中長期的に繰り返される灌木の除伐および高木の伐採がハビタットを維持する。この背景には、薪・焚き付けの採取や製炭など、木質燃料を得るための生業があった。
奥地の山林の山菜・きのこであっても、他生業によるインパクトによってハビタットが形成されることがある。木材収穫、薪炭材の伐出が行われた跡地は、3年ほど放置された後の数年間、山菜・きのこの好適な採取地となりうる。
4.ヒトと森の関係を紡ぐ鍵
1)資源供給システムとしての林野
林野の資源の多様性を支えてきたのは、複雑に絡み合った生業の存在である。ここに、ゾーニングの効果のほかに、同所的に生業が重複する(レイヤリング)効果、遷移によってハビタットが生成する(シフティング)効果が認められる。
2)資源観
低生産とされる生業も、人々の日常生活にとってかけがえのない意義を持っている。すなわち、文化的側面・社会的側面で有意義であり、また、副産物を生むことで他の生業を支える。豊かな「森とヒト」関係の構築には、経済的には捉えられない、こうした資源の意義の認知が必要であろう。
文献
筒井迪夫(1978)日本林政史研究序説.東京大学出版会