抄録
はじめに
赤道直下に位置するインドネシア・スマトラ島は西部に標高3000mを越えるバリサン山地が南北に連なり,東部には広大な泥炭湿地林が広がる.古川(2002)はスマトラ島東岸低湿地の形成開始時期を約6800年前頃と推定したが、その詳細な形成プロセスは明らかにされていない.本研究,多地点でのボ‐リング調査および年代測定結果に基づき、低湿地林の面的拡大過程を明らかにすることを目的とする.
方法
スマトラ島Siak川、Kampar川、およびIndragir川沿いの沖積低地32地点においてピートサンプラーによるボーリング調査を行った.また,19地点の堆積物中から採取した木片等の植物遺体30試料を加速器分析研究所に依頼し14C年年代測定を行った.得られた14C年代値は暦年補正ソフトCALIB5.01を用いて暦年補正を行った.
結果及び考察
各ボーリング地点の泥炭層最深部付近から採取した木片の年代値から,泥炭湿地林の分布域の拡大を検討した.今回得られた最も古い年代値はSSB-1地点の泥炭層直下の粘土層(深度320-323cm)より得られた木片の6910-(7020)-7160calBPで,スマトラ島における泥炭湿地林の形成は少なくとも7000calBPには始まっていたことが推察される.6400-6000calBP頃には現河口より200km
内陸側の河川沿い(SKB-11:深度260cm、SKB-15:深度387cm)や現在のピートドーム中央付近(SDB-1:深度920-925cm)に分布していた.現河口より約120km内陸側のSKB-8(深度362cm)から2060-(2170)-2190calBP,SKB-9(深度309cm)から2360-(2480)-2540calBP,約90km内陸側のSKB-1(深度345-350cm)から2790-(2840)-2870calBP,約60km内陸側のSKB-17(深度340-342cm)から2880-(2980)-3070calBPという値が得られたことから,3000-2000calBP頃には現河口から50km-120km内陸側まで拡大したことがわかる.Indragir川沿いでは,河口から50km付近まで泥炭層分布が拡大したのは1300-1100calBP頃と推定されており,Kampar川流域に比べ,低地の形成時期が遅れた可能性が指摘される.
このように7000-5000calBPの年代値は内陸側の限られた地域のみから得られており、現在の泥炭湿地のほとんどは3000calBP以降に形成されたことがわかる.アジア太平洋地域では,6500calBPおよび4000calBP頃の相対的高海水準期と5000calBPおよび2000calBP頃の相対的低海水準期が存在したことが明らかとなっている.本地域の泥炭湿地林の形成は7000calBP頃には始まり,広範囲に急速に拡大するのは4000calBP以降,特に3000~2000calBPの間であり,上記の4000-2000calBPの間に進行した相対的海水準の低下が泥炭湿地林の拡大に大きく影響したことが示唆される.