抄録
◆はじめに:報告者らは,東京都心域において新宿や池袋などの高層建築物群の風下側に短時間強雨発現の高頻度域が存在することを指摘し(2005年度春季大会,以下では[2005S]),このような強雨発現の局地性に対して,地表面粗度の空間分布(2006年度秋季大会,以下では[2006F])が関わっている可能性を提示した(日本地球惑星連合2008年大会,以下では[2008地]).すなわち,高層建築物群の形成する大きな地表面粗度が,大気下層における水平風を減速させて空気の収束をもたらし,それに伴う上昇流が対流雲の発生・発達に関与していることが想定された.ただし,[2005S]や[2008地]では,大気安定度や流れの状態に関係する風速の大小を考慮していない.
本報告では,東京都心域における強雨頻度分布の風速による差異に基づき,強雨発現に対するより広域的な地表面粗度分布の影響について考察することを目的とする.
◆資料と解析方法:用いた降水量資料および採用した強雨事例は[2005S]と同じである.すなわち,熱帯擾乱などによる広範囲の降水事例を除外し,アメダス,JR東日本ならびに東京都建設局による毎正時の時間降水量に基づいて,都心域で時間降水量20mm以上を観測した226事例(時間)を抽出した.なお,対象期間は1991~2002年の6~9月であるが,1993年は東京都降水量に多数地点で長期間の欠測があるため除外している.次に,強雨発生の2時間前における東京(大手町)の風向風速(時刻tまでの1時間の平均風ベクトルをV=(7Vt+5Vt-1)/12で評価)により,抽出した226事例を分類した.ここでは4方位の東風時(105事例)と南風時(77事例)のそれぞれについて,事例数が同程度になるように,風速3m/sを境に弱風時(東風46事例,南風45事例)と強風時(東風59事例,南風32事例)に区分した.
また,東京都区部における風速分布を評価するにあたり,(株)パスコ作成の2.5m間隔地表面標高(DSM:Digital Surface Model)を用いて,Raupach(1992,1994,1995)の方法によって算出[2006F]した東京都区部の空気力学的粗度z0およびゼロ面変位zdを用いた.
◆結果と考察:東京(大手町)の風向風速によって分類した時間降水量20mm以上の頻度分布によると,弱風時には南風の場合(付図左)に都区部北部(池袋や光が丘の風下側),東風では都区部西部(新宿の風下側)に局地的な高頻度域が存在する.強風時についても,南風・東風とも弱風時と類似の場所に高頻度域が存在する.しかし,その風上側においても強雨頻度が高く,南風の場合(付図右)には都区部西部に,東風では都心ないしその南側から風向方向に延びる高頻度帯が認められる.
南風の場合について,[2006F]で算出したz0およびzdから,上空250mの風速を一様として風速の対数則により高度ごとの風速分布を算出すると,都区部西部では東部に比べて下層における東西方向の風速変化(風の水平シア)が大きくなる.また,Oke(1987, pp.187-189)は,都市と郊外など地表面粗度の差異に対応する風向の変化を指摘している.すなわち,地表面粗度による摩擦が大きい場合には,地衡風に対する地上風向の偏倚が反時計回り(北半球の場合)に大きくなる.したがって,東京都心域について南風の場合を考えると,都区部西部(東部)において収束(発散)が期待されることになる.
南風強風時に強雨の高頻度帯が都区部西部に存在し,東風強風時においても都心ないしその南側から風向方向に高頻度帯が認められることは,風速が大きい場合に上述の要因が強雨の発現に関与する可能性を示唆している.この作業仮説に従えば,強雨発現に対する地表面粗度の影響は風速によって変化し,弱風時には新宿・池袋付近など1-2kmスケールのきわめて大きい地表面粗度が関与し,強風時には都心域の広域的に大きい地表面粗度の役割が増大すると考えられる.
今後は東京都心域を中心とする南関東の詳細な強雨発現頻度についても解析を予定しており,発表時に若干言及したい.
