日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1306
会議情報

都市のデザインをめぐる問題
*武者 忠彦
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

問題意識
 戦後の急速な都市化の波が過ぎ去った現在,都市をめぐる政策課題や社会的関心は,経済性や機能性の追求から,個性ある美しい景観の形成へと,その軸足を移している.事実,多くの自治体で景観に関する自主条例が制定され,2005年には景観法が制定されたように,景観は今後の都市のあり方を考える上で,中心的なテーマとなりつつある.
 一方,都市地理学において,景観は都市の機能や文化が反映された事象として,これまでも多くの研究がなされてきた.もっとも,研究の焦点は,近年の都市論で頻繁に言及される「形態からプロセスへ」という視点の転換と通底するように,景観的特徴や変化の記述から,景観形成の要因分析へとシフトしているように思われるが,そうした「プロセス」は十分に解明されているとはいい難い.その原因のひとつは,メゾ・レベルの分析の弱さにあると発表者は考える.すなわち,現在の都市地理学における景観研究が,空間認知のようなミクロ・レベルの研究と,経済現象や制度的環境と景観変化との関係に焦点を当てるマクロ・レベルの研究に偏在し,景観に影響を与えうる個人や組織,およびその関係性を動態的に分析するという視点が弱いことを問題にしたいのである.

分析対象
 そうした問題意識を受けて,本発表ではアピアランスとしての都市景観に対して,景観を構成する事物を〈設計〉する行為に着目し,設計行為のアウトプットを都市の〈デザイン〉として定義する.もちろん,景観には人為的に関与できない領域も含まれるが,設計可能な景観に範囲を限定することで,景観を「行為や意志決定の積み重ねとしてのデザイン」へと還元し,景観形成のプロセスを実証的に明らかにするという狙いがある.
 本発表では,地方都市における商店街の近代化(再開発や街路整備などの一連の事業群)を例に,都市のデザインをめぐる個人や組織の主体的な行為が相互作用する中で,特定の景観が形づくられていくプロセスを概観する.その上で,こうした分析に有効な枠組みを与えうる隣接分野として,1)都市計画学・建築学,2)社会学・経営学の2つを取り上げ,特に後者の分野における組織論について具体的な検討を加える.
 都市計画学では,都市をデザインする主体と,それを阻害する経済・社会・政治的環境との相互作用という構図が,都市史研究の中に散見される一方で,都市デザインのプロセスを街路構造から建築物の外壁材にいたるまで,詳細にコード化したアレグザンダー(1989)のような試みもある.そうした試みは,設計という行為において,建築家が地域的文脈をどう読み取り,設計の変数としてインプットするかを議論する「批判的工学主義」の立場によって,建築学にも継承されている.もっとも,これらの研究で想定されている主体は都市デザイナーや建築家であることから,社会学からは,都市のデザインにおける専門家の影響力を過大に評価する「作家主義」であるとの批判がある反面,制度の影響を過大視する社会学のスタンスにも,建築学からの再批判がある.

分析枠組みとしての組織論
 こうしたいわば主体と制度という社会科学の古典的な問題を乗り越える視点として,本発表では組織論の枠組みを検討する.今回とりあげる商店街の近代化をめぐるデザインのプロセスは,組織論的な整理をするならば,都市計画,町の歴史・文化,建築・土木技術,商店街の規範などの「制度」の下で,行政担当者,コンサルタント,商店経営者,地域住民,建築士などの「個人」と,それら個人で構成される都市計画行政,土木コンサル会社,商店街組合,町内会,建築士協会などの「組織」が相互作用するプロセスであると仮定することができる.では,こうした「制度」「組織」「個人」の相互作用のダイナミズムをどう分析したらよいか.この点について,本発表では組織論のなかでも特に,事例調査をベースにしている点で地理学と方法論的に親和性の高い新制度派組織理論,行為システム研究などを引き合いにしながら,分析の枠組みを検討したい.

文献
アレグザンダー,C.著,難波和彦監訳 1989.『まちづくりの新しい理論』鹿島出版会.Alexander, C. 1987. A New Theory of Urban Design. Oxford University Press.

著者関連情報
© 2010 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top