日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1604
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モンゴルの環境問題
*森永 由紀
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抄録

1.はじめに 
 モンゴル国はユーラシア大陸の東部の内陸の高原上(平均標高1580m)にあり、寒冷・乾燥という厳しい環境のもとで現在も遊牧が基幹産業として営まれている。ペレストロイカの影響で1990年に社会主義体制から民主主義市場経済体制に急速に移行したが、国有企業の崩壊、ネグデルの崩壊、失業者の増加、貧困問題の発生というような社会の混乱に伴い様々な環境問題が起きている。1950年代以降に旧ソ連によって整備された各種設備の老朽化も環境破壊につながる。今後は、鉱山の乱開発の影響が心配される。
2.モンゴルの環境問題
2-1草原と土壌の荒廃 
 社会主義体制の崩壊後、家畜所有の自由化により頭数が増加した。ネグデルの崩壊により都市と幹線道路ぞいに人と家畜が集中し、過放牧による土壌荒廃が起きてダストの発生にもつながっているとみられる。耕作放棄地の土壌荒廃も問題である。特に注目すべきは、近年加速する鉱山の乱開発による植生破壊と、土壌・水汚染である。金、銀、銅、鉄、ウラン、モリブデン、石炭をはじめ多種の地下資源が開発されつつある。「忍者」とよばれる素人による小規模な採掘活動も急増し、影響が無視できない。2007年にはダルハンのホンゴル・ソムで違法な精錬が引き起こした水質汚染による家畜の死亡および近隣住民の健康被害が、ニュースで大きく報じられた。
2-2 森林の荒廃
 燃料や建築資材としての利用が多く、都市周辺部では違法伐採が目立つ。林業の伐採技術の老朽化も資源の浪費を引き起こす。森林火災、害虫の発生も問題である。植林よりも乱伐の防止こそが重要である。
2-3 水資源の枯渇 
 西側の山岳氷河の縮小、永久凍土の融解、および各地の表層水や地下水の枯渇など、貴重な水資源の将来を憂う報告が相次いでいる。
2-4 温暖化
 モンゴル全土の60地点の観測所データから求めた地上気温の年平均値は1940年からの62年間で1.66℃上昇しており、他地域よりもはるかに上昇幅が大きい。冬に顕著で、高山での上昇幅が大きい。雪氷の減少、水資源の枯渇やゾド(寒雪害)の原因となる干ばつとの関わりが指摘されている。[文献1]
2-5 自然災害 
 1999年から3年間続いたゾドで家畜が計770万頭死亡し、世界的にも注目を集めた。今冬の状況はさらに厳しく、5月までに全家畜の17%にあたる780万頭が死亡した。背景に夏場の気温上昇と降水量の減少で、干ばつ傾向が続いていることがある。移行後の牧畜を支える各種サービスの劣化や、経験不足の牧民の技術の未熟さが家畜の健康を損ねているという指摘もある。ゾドが都市部への人口集中および地方(特に国土の西側)の過疎化を加速している。
2-6 生物多様性の喪失 
草原の植物の種の多様性はほどほどの放牧圧のもとで最大になるという説もあり単純ではないが[文献2]、前述の問題の多くは生息環境の悪化を通じて多様性の喪失につながる。レッドデータブックにある動植物の数の減少も懸念されている[文献3]。
2-7 都市環境問題
   首都ウランバートルでは人口集中が起き、都市環境問題は発展途上国に共通した特徴を備えているが、中でも大気汚染が注目を集める。石炭の利用、とくに環境対策の未整備な街の周辺に発達したゲル地区からの煙が主因とされるが、劣悪な交通環境(車の排ガス・渋滞など)も影響する。水質汚染、土壌汚染、ゴミ問題も深刻化しており、最近は住民の健康問題への関心が高まっている。
3.おわりに 
モンゴルには環境関連の30の法律と220の規制があり14の国際条約の締約国であるが、運用が十分でないのが問題である。また、国内の環境対策の優先順位は高くない。2007年の自然環境省の予算は省庁の中でもっとも少なく国家予算の6.2%相当であった[文献3]。
参考文献:
[1]Batima, P. et al.: Observed climate change in Mongolia. AIACC Working Paper No.12,2003.
[2]Green Star Project: Mongolian Nature and Environment Assessment, Fall 2006 & Spring 2007 Parliamentary Sessions,2008.
[3]藤田昇:草原植物の生態と遊牧地の持続的利用.モンゴル:環境立国の行方、科学vol.73,N0.5,岩波書店、2003.

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