日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 220
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裂織の地域的存立基盤に関する一考察
*初沢 敏生
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抄録

 長野県原村では、かつて「ぼろ機織り」と呼ばれる裂織が地機で作られていた。しかし、戦後になると屑繭を使用した紬織物などが中心となり、裂織はあまり生産されなくなった。さらに1960年代頃からレタス栽培が盛んになるとその収入によって衣服を十分に購入することができるようになり、地機そのものも使用されなくなっている。裂織や地機は各家で技術等が伝承されてきたが、現在ではそれも途絶えている。
 これを復活させたのが、原村立八ヶ岳美術館である。1990年代末に裂織作家のN氏が原村で裂織に出会ったことがきっかけとなり、2002年、八ヶ岳美術館において裂織の作品展を開催した。N氏の作品は裂織を芸術的に昇華させたものであり、高い評価を得た。これを契機として八ヶ岳美術館は裂織や染織を対象とした企画展を継続的に開催、2005年には全国裂織展移動展を開催し、2006年以降は隔年で「あなたが選ぶ、信州の裂織展」を開催している。美術館は裂織の普及に大きな役割を果たしている。
 八ヶ岳美術館がこのような活動を始めた目的は、裂織に関する情報発信を行うことにある。原村においても裂織を体験しているのは高齢者の世代だけであり、その下の世代には伝えられていない。それで、特に子どもたちを対象として、裂織などを用いなければ生活できない時代があったことを伝えたいと考えている。そのため、イベントを行う際は必ず子ども教室を実施している。
 このような美術館の動きに対応して、N氏は2003年から原村で織機の体験指導を開始、また、同年、信州さきおりの会が組織され、長野県内を中心として展示会活動などを行っている。
 これにともない、原村では裂織を製作する高齢者が増加している。高齢者はかつて裂織を製作した経験があり、裂織の技術が残存していた。現在ではこのような製作者を中心に手織り保存会が形成されている。ただし、そこで製作されているのは必ずしも伝統的な裂織ばかりではない。近年は、裂織に工芸的な側面を求める動きが強まってきており、美大出身の指導者が指導して柄や絵を出すようになってきている。アートとしての裂織が求められるようになっていると言えよう。
 この背景として、裂織が商品として販売されるようになってきていることが指摘できる。原村では、2005年から裂織フェアを毎年開催している。これは信州さきおりの会が主催しているもので、保存会の村民が作成した裂織などを販売している。これは、公募展等に出品することのできない村民の発表の場としての役割も果たしている。このようなイベントの開催を通して、原村が裂織の拠点となっていることをPRできるようになった。行政も「田舎暮らし体験ツアー」の中に裂織体験を盛り込むなど、裂織は、地域の観光資源、文化資源としての役割も果たすようになってきている。
 原村における裂織は高度経済成長期までの経済構造の変化によって存立基盤を喪失し、伝承が途絶えた。しかし、2000年代以降、作家と美術館の活動によって裂織の新しい価値が明らかにされるとともに、新たな伝承基盤が形成された。また、新たな観光・文化資源として行政の支援も得られている。これが現在の原村における裂織の存立基盤を形成していると言えよう。
 一方、課題もある。前述のように、近年は創造的なアートとしての裂織へと変化しつつあり、そこからは地域性は見えにくい。また、各作家は独自に新しい作品を追求しているため、地域間の交流も行いにくい。本来、裂織は地域の歴史と風土に育まれてきたものであるが、現在の裂織はそれから遊離してしまっているのである。しかし新しい裂織も新たな地域アイデンティティの創造にも役立てることは可能であろう。このような視点も含めて振興を進めていくことが求められる。

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