日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 303
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上海市における居住用「商品房」の展開
*菊池 慶之高岡 英生谷 和也林 述斌
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抄録

1.問題の所在
「商品房」とは商品として販売するために開発された不動産であり,1978年の改革開放政策の開始とともに中国の不動産市場に登場したものである.なかでも民間分譲マンションである居住用「商品房」は,1998年の住宅制度改革以降,都市部における住宅の新規供給のほとんどを占めるようになった(菊池ほか2009).
改革開放以前の中国においては,不動産は公有であり,国や「単位」と呼ばれる公営企業あるいは行政機関が住宅を建設し住民に提供していた.このような公有住宅は,家賃が極めて低く設定されていた反面,一人当たりの居室面積が狭少で,設備等の水準も劣ったものであった.
近年の上海では,民間分譲マンションの供給の拡大とともに,一人当たりの居室面積は急速に拡大している.そこで本研究では,このような居住用「商品房」の展開とその居住者の特性の検討を通して,住宅ストックの質的転換のプロセスを明らかにするものである.
2.上海市における居住用「商品房」の展開
住宅ストックを床面積からみると,上海市における住宅ストックの約9割が,改革開放以後に供給された共同建住宅によって占められており,特に1998年以降は,8階建て以上の高層共同住宅が急増している.2008年末には高層共同住宅は上海の住宅ストックの34%を占めており,大部分は価格の高騰している民間分譲マンションと考えられる.
また,地域的には郊外における高層共同住宅の拡大に特徴がある.都心における民間分譲マンションの供給は2007年ごろから減少し始めており,近年では量的な拡大よりも,高価格帯の民間分譲マンションの供給による高級住宅地の形成に移行しつつある.一方,郊外における住宅ストックは2004~08年の間に約1.7倍に拡大した.中でも増加率が最も大きかったのは8階建て以上の高層共同住宅である.
3.居住用「商品房」の問題点
戦後の日本においては,継続的な所得と地価の上昇を背景に,「借家→分譲マンション→戸建て」と,転居と転売を繰り返しながら住宅水準を向上させる「住宅すごろく」が観察されてきた.しかし,2008年の上海の平均的なマンション価格は,平均世帯年収の21.5倍にも達しており,1990年の日本の首都圏における年収倍率8.0倍に比べても住宅価格の高騰が著しい.また上海においては,華僑をはじめとする外国人の住宅投資が多いほか,月収3,000元以上の高所得者層のうち19%の人が2戸以上住宅を所有しているとの調査もあり,住宅ストックの高所得者層への偏在が進んでいる.
また中国においては,住宅取得の困難な農村出身者である流動人口が都市人口の多くを占めること,所得格差が先進国の過去の状況に比較しても非常に大きいこと,賃貸住宅市場が未発達で居住用「商品房」とそれ以外の住宅に質的な格差があることなどの問題もある.
4.まとめ
以上の点から,上海における居住用「商品房」の展開は,本格的な開始からまだ10年程度に過ぎないが,供給量の急速な拡大によって住宅ストックの質的向上に結びついていることが読み取れる.ただし,価格高騰による異常な年収倍率の出現や,富裕層による投機的需要の可能性も示唆されており,居住用「商品房」購入者層の実態把握や,居住者の住宅購入プロセスと住宅の質的変化を検討する必要がある. 文献
菊池慶之・?岡英生・谷和也・林述斌 2009.上海における住宅マーケット形成の背景と住宅ストックの特徴.不動産研究(日本不動産研究所)Vol51-4,p79-89.
本研究の遂行に当たっては,(社)不動産流通経営協会 平成21年度研究助成を使用した.

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