抄録
1. はじめに
黄砂は,多くの場合,東アジア内陸乾燥地から温帯性低気圧などにともなった嵐によって発生している.「春の枯れ草や土壌水分が黄砂発生にどう影響するか」という疑問に答えるため,2008年から,グローバルCOEプログラム「乾燥地科学拠点の世界展開」のなかで日蒙米共同プロジェクト,ダスト-植生相互作用観測(Dust-Vegetation Interaction Experiment: DUVEX)が行われている(篠田 2010 Japan Geoscience Letters).
黄砂発生の起こりやすさは,Erosivity(風が風食を起こすポテンシャル)とErodibility(地表面の風食されやすさのポテンシャル)の組み合わせで決まっている.後者は黄砂が舞い上がり始める風速(臨界風速)で指標化することができるが(2010年春に発表),
本発表はその予測可能性について気候メモリの視点から述べる.
2. アリド・スーパーサイト(乾燥地超領域研究基地)
本研究の観測地,Bayan Unjuul(47o02'38.5”N,105o56'55”E)はモンゴル草原にあり,東アジアの主要な黄砂発生地,ゴビ砂漠の北に位置している.年降水量は163mmで夏に集中し,年平均気温は0.1℃で,一年のおよそ半分の期間は氷点下となる.ここは,2003年以来,ユーラシア大陸の乾燥地におけるスーパーサイトとして多くの調査・観測・実験が行われてきた.
この草原地域では,黄砂発生の臨界風速が季節的に大きく変化するが(春に極小),この臨界風速には春に大きく変化する地表面状態がかかわっている.2008年4月下旬に,初めて,黄砂発生と気象・地表面状態の集中観測を実施した(Shinoda et al. 2010a SOLA).当時の地表面は,主に枯れ草による植被率がわずか7.2%,衛星データによるNDVI(正規化植生指数)が0.123にもかかわらず,ダスト濃度が上昇し始める風速(10m高度の臨界風速)は11.9m/sと,ゴビ砂漠の裸地のこれまでの観測例より大きい値が得られた.
3. 気候メモリと黄砂発生
春のErodibilityを予測するためには,そのときの地表面状態を規定している気候メモリの動態(春に先立つ時期の異常気象が残した影響)の理解(科研基盤A(海外)による研究)が不可欠である.モンゴル草原の季節変化をみると(図1a),夏に土壌水分が増加し,やや遅れてNDVIが増加する.冬の積雪深は小さく春の土壌水分に対する影響は大きくない.自己相関係数をみると(図1b,c),9月の土壌水分とNDVIの経年偏差は黄砂が発生する翌春と有意であり,この予測可能性を示している.この事実は,前年の夏の残渣である枯れ草,冬の間凍結していた土壌水分の気候メモリとしての重要性である.植生メモリについては,干ばつ実験により翌年の植生回復には植物地下部の重要性が指摘されている(Shinoda et al. 2010b J. Arid. Environ.).地上部の枯れ草については,前年の干ばつの影響で草の少なかった2008年春と前年に比較的雨が多かったため草が多かった2009年春との違いが大きく,この植生量の違いに対応するように臨界風速は2009年春のほうが2008年春よりも大きかった(Kimura and Shinoda 2010 Geomorphology).また,枯れ草の量は家畜による採食の影響も受けるので,家畜の嗜好性に関わる植物種の経年変動も影響している.
土壌水分のモデリングはすでに取り組んでいるが(Nandintsetseg and Shinoda 2010 IJC),今後,これと植物の成長・老化過程・家畜による採食過程のモデルを結合し,この結合モデルで気候メモリを再現することが重要な課題である.最終的には,この陸面モデルと風食モデルを結合してゆくことが望まれる.