日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 417
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地理学と「自然保護問題」
サンルダム問題を事例として
*小野 有五
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抄録

1.研究グループを立ち上げた背景
 地理学の研究対象は自然と人文現象のすべてを含んで社会や経済・政治に及び、一般に「環境」という言葉で表現されている内容のすべてを網羅している。したがって、地理学そのものが環境の科学である、という言い方がなされることもあるが、今日「環境問題」と呼ばれる環境に関わるさまざまな問題に対する地理学の関わりかたは、けっして強いとは言えない。むしろ、そのような問題をできるだけ避けてきたのがこれまでの伝統的な地理学のあり方であったといえよう。基礎的な研究が重要なことは言うまでもないが、研究者の社会的貢献や、研究成果の社会への還元が重視されるようになり、また地理学会じたいが法人化することによってそのような社会的対応をこれまで以上に求められている現状を考えると、「環境問題」に正面から取り組む地理学をつくる必要性は緊急の課題であるともいえる。すでに防災科学としての地理学については、研究グループを中心として近年、大きな発展があった。自然がもたらす災害を防ぎ、軽減するために、自然に対してなんらかの人為的な制約をもたらそうとする防災と、自然をできるだけ自然のままに生かそうとする自然保護とは、相対立する概念と見られがちである。しかし、自然を排除した人間生活はありえず、自然を守りながら、いかに災害に対処するかを考えるのが地理学における防災であろう。
 近年の自然災害では、自然条件を無視した開発に起因する災害がますます増加している。これらの開発は、例外なく、その自然環境を過度に破壊することによってなされており、そのような開発が、結果として災害を大きくしているのである。自然環境の破壊を最小限にとどめるには、どのような開発や防災事業を行うべきなのであろうか。また、本来、壊すべきではない自然環境を、破壊せずに残すためには、地理学は何をなすべきなのであろうか 。
 このような問題の解決を目指して、「自然保護問題」研究グループは2010年4月に発足した。今回のシンポジウムでは、ダム、原発、基地の建設に関わる自然保護問題を事例としてとりあげ、地理学としての取り組み方について議論したい。

2.サンルダム問題
 サンルダムは、天塩川の支流、名寄川のさらに支流にあたるサンル川に開発局によって計画されている、堤高46m、堤頂長約350mの重力式コンクリートダムである。
 サンルダム計画については、多くの疑問が投げかけられている。治水に関していえば、5,590km2の流域面積をもつ天塩川に対して、サンルダムの集水面積はそのわずか3%しかない。また史上最大であった昭和56年洪水においても、天塩川の洪水ピーク流量は4400m3/sであったが、治水計画の根幹である基本高水流量は、なんとその1.5倍にもあたる6400m3/s とされ、その算定が過大であることも大きな問題点である(小野、2006)。利水についても、サンルダムによる水道供給の受益地とされる名寄市や下川町で現在、水道水が不足している事実はない。以上のように、サンルダムは、その建設目的自体に疑問があるダムといえるが、さらに大きな問題は自然環境への悪影響である。サンル川は、現在の日本において、河口から200km以上にわたって天然のサクラマスが遡上・産卵する国内唯一の河川となっており、ダム建設によってサクラマスだけでなくさまざまな魚類の遡上・降河が阻害されることは、水産資源保護の観点からだけでなく、生物多様性の観点からも深刻な影響を与えるのである。
 2009年の政権交代によって、民主党はそれまで建設中であった国の直轄ダムの工事を凍結し、国土交通省に「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を設置した。この審議会は2010年7月16日に個別ダムの検証に当たっての共通的な考え方を整理した「中間とりまとめ(案)」を発表、それに対する意見を8月15日まで募集中である。
 委員の選定も一方的に行われ、非公開で続けられたこの審議会の出した案には大きな問題があり、合意形成のありかたを含め、議論していきたい。

引用文献:小野有五(2006)人間を幸福にしない地理学というシステム-環境ガバナンスの視点からみた日本の地理学と地理教育-,E-journal GEO,1(2),pp.89-108
ウェッブサイト:
http://www.as.hkd.mlit.go.jp/teshio_kai/teshio/
http://www.sanru-river.com/
http://seseragi55.blog64.fc2.com/

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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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