抄録
_I_ はじめに
インドネシア共和国のバントル平野では2006年5月27日に発生したジョグジャカルタ地震によって,5000人以上の犠牲者を出し,家屋の倒壊なども多数発生した.また,この平野の北に位置するメラピ火山は歴史時代においても著しい爆発を繰り返し,顕著な火砕流を発生してきた.本研究では,このような背景を持つバントル平野の地形的特性と自然災害に対する脆弱性について検討する.
_II_ 対象地域
バントル (Bantul)平野はインドネシア共和国のジャワ島中部に位置する東西約20 km,南北約30 kmの平野で,平野北部にはジョグジャカルタ市の市街地が立地している.低地の西には安山岩類や安山岩質角礫岩・凝灰岩などからなる第三系Kebobutak層群によって構成される標高800~1000m程度の低い山地が分布し,その東に石灰岩・砂岩等からなるSentro層群によって構成される標高100~150m程度の高さを持つ丘陵状の地塊が認められる.平野の東には標高300~500 m程度のカルスト台地が広く分布し,平野の北部はメラピ火山の山麓に連続する.低地には北のメラピ火山(2968m)南麓を刻むいくつかの河谷を集めたOpak川とメラピ火山の東麓を流下する河川を集めたProgo川がそれぞれ南下してインド洋に注いでおり,Opak川の下流部では東部のカルスト台地から流下するOjo川が合流している.
_III_ 地形の特色
Bantul平野は平野の東と西を断層で境された地溝性の低地であるとされているが,西側の断層は確認されていない.これに対して,東の断層は低地の東に広がるカルスト台地との境に連続するOpak断層として認定されており,2006年5月27日のジョグジャカルタ地震を引き起こした活断層として知られている.
低地の地形は北側のメラピ火山山麓に連続する火山山麓扇状地とその延長部の海岸平野から成り,平野北部のジョグジャカルタ付近で標高約100m,平野中央部のBantul付近で標高約50m,平野南部で10m以下となり,平野の北部ではメラピ火山山麓を流下する各河川の河谷が平野面を深さ10~20 m程度刻んで開析している.平野南部では南流する各河川沿いに自然堤防上の微高地が発達し,数多くの集落が立地している.また,平野南部のProgo川右岸側に広がる丘陵と海岸線の間の部分には標高数メートル以下の低平な土地が広がっており,Bantul平野の海岸部にはほぼ全域にわたって砂堤列が発達している.
_IV_ 自然災害に関わる低地の地形・地質の特質
Bantul平野の表層堆積物は大部分が火山噴出物の二次堆積物である凝灰質の砂質堆積物と粘土・シルト層との互層から成り,堆積物の対比は困難である.ただ,このような堆積物の特徴はこれまでのメラピ火山の下流に運ばれて堆積したものであると考えられ,また,1930年の大噴火の際には平野北部のジョグジャカルタにおいてmud rainがあったという報告がなされており(Voigt. B et al., 2000),粗粒・細粒の火山噴出物が繰り返し下流域に供給され,Bantul平野の地形を発達させてきたと考えられる.一方,2006年のジョグジャカルタ地震の際には平野東部のImogriを中心とする地域において多くの被害を出した.この地域の地質も基本的には凝灰質の砂質堆積物と粘土・シルト層との互層からなるが,とくに平野西部との違いは顕著ではない.むしろ,平野南部に泥質層が厚い地域が見られるがImogri付近はこの地域に比べても被害の大きさが顕著である.
_V_ 考察
平野北部における多くの開析谷は火山山麓からの物質の流下経路にあたり,現在多くの建物が立地している状況は極めて危険である.一方,ジョグジャカルタ地震の被害と地形・堆積物との関係は明瞭ではなく,被害の規模は震源からの距離が主要な要因となっていると考えられる. また,津波に関してはBantul平野の海岸部には顕著な砂堤列が発達するため,海岸域の大部分は津波の直撃を受けることがないが,河口付近では津波が河口から侵入し,河道内を遡上したことが確認されており,河口からの津波の侵入に対する注意が必要である.