抄録
大都市圏における,バブル経済崩壊後の長期に渡る地価下落と,産業構造の変化に伴う工業跡地などの土地供給は,高層マンションをはじめとする大規模住宅供給の要因となった.その結果,人口減少が続いていた都心部における人口増加や,郊外から都心への「都心回帰」とされる人口移動の増加が指摘されている.さらに2000年以降は,総合設計制度の導入や都市再生緊急整備地域の指定など,法制度面からも都心部における再開発が後押しされてきた.その結果,従来の都心部における住宅供給の特徴とされてきた,シングル向けや子どものいない夫婦世帯向け物件だけでなく,子育て世帯向け物件もみられるようになった.これは,子育て期や持家取得を目的に郊外へ転出するとされてきた,従来のライフステージによる住み替えの議論において新しい現象であり,住宅取得や居住の面からみた大都市圏構造にも今後影響を与えると考えられる.
本研究では,大規模な再開発が行われた,東京都心湾岸部の江東区豊洲2・3丁目(以下,豊洲地区と表記)を事例に,居住者の特性とライフステージとの関係を明らかにすることを目的とする.研究対象は,豊洲地区のマンションのうち,管理組合からアンケート配布の許可が取れた2棟とし,アンケート用紙を全戸配布した.その結果,305世帯から有効回答が得られた(有効回答率15.8%).分析にあたって,アンケートを世帯類型ごとに集計し,ライフステージによる違いに留意した.
アンケート分析の結果,居住者の特性として,所得階層や社会階層の高さが示された.四年制大学卒業率が夫で75.4%,妻で36.4%を占め,専門的職業と管理的職業の合計が夫で58.2%となった.また,世帯年収1000万円以上の回答が61.7%に上った.
世帯類型ごとの集計による,ライフステージとの関係は,大きく以下のことが示された.前住地は,江東区内が全体の23%であり,「未就業の子どもがいる夫婦世帯」では29%と高かった.前住居の所有形態は,「夫年齢20~30代で子どものいない夫婦世帯」と「未就業の子どもがいる夫婦世帯」,「その他の世帯」では賃貸からの移動が多く一次取得であるが,「夫年齢40~50代で子どものいない夫婦世帯」と「夫年齢60代以上で子どものいない夫婦世帯」,「子どもが離家した夫婦世帯」,「就業している子どもがいる夫婦世帯」では持家からの移動が多い.現住居を選択する際に重視した項目は,「未就業の子どもがいる夫婦世帯」では子育て環境や夫の通勤利便性であるが,「子どもの離家した夫婦世帯」や「高齢単身世帯」では管理体制や公共交通の利便性である.
これらの結果から,豊洲地区の居住者は,「従来からの住宅取得層」と「都心への近接性を評価する住み替え層」に分けられる.豊洲地区は,前者にとっては郊外に転出することなく購入可能な物件が供給された地域であり,後者にとっては都心に近接した利便性と資産価値が評価された地域である.すなわち,いわゆる「郊外居住者像」として確認されてきた都心通勤の会社員と専業主婦の核家族であるが,年収1000万円程度の裕福な核家族は,郊外に転出せずに都心近郊に居住するようになった.