日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 303
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昭和前半期の日本人の行楽・旅行に関する意識形成に与えた修学旅行の影響
*太田 孝
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抄録

1.はじめに
 修学旅行は日本人誰もが青少年期に経験する,一種の「通過儀礼」ともいうことができ,日本人の旅行文化を考える上で必須のテーマである(白幡1996).日本人の旅行スタイルの特徴は,団体型と語られることが多いが,その淵源は修学旅行にあるのではないか.日本は戦後「マスツーリズム」と表現される旅行ブームを現出し研究蓄積も多いが,その多くが成立要因を経済成長,インフラ整備,余暇時間の増大に求め,研究対象の時代は1960年代以降を中心としている. しかし,ツーリズムは社会環境などの外的要因のみによって形成されるものではなく,人びとの心の中に旅に対する萌芽があって始めて環境変化の状況に対応していくものである.それを作り上げてきたものは何なのか.この視点での研究の蓄積は少ない. 昭和前半期において,組織的に旅行(=非日常)を体験したのは子どもたちであった.この非日常体験による情報は,本人たちはもちろん父兄や地域社会にも大きな影響を与えたと考えられる.このような問題意識を持つと,戦後におけるツーリズムの発展を考察するには,人びとの「行楽・旅行行動に関する意識形成」の過程をとらえて論じる必要があることに気がつく.これらの問題意識と仮説のもとに,現在の日本のツーリズムの基盤形成をなしたと考えられる,1920年代半ばから高度経済成長期にさしかかる1960年を,誰もが経験した修学旅行を通して,次の2つの考え方で考察を進めた.
2.研究の視点と方法
 第1に,「旅行」は,他の『物理的形態を有する消費財』に比して,造成(生産)から消費に至るまでの過程で,人的要素に依存するところが大きい.従って,修学旅行を的確にとらえるには,供給側(修学旅行受け手側)と需要側(修学旅行送り出し側)の両面からの考察が必要である. 第2に,「意識形成」をとらえるには,社会の変動を制度やイデオロギーの変化のみではなく,庶民の生活感の側面からもみることが必要であり,フィールドに深く入り込むことが求められる. 修学旅行に関する既存研究の探索を進めたが,同時代の日本人の精神文化形成をとらえるには「学校行事」に枠を広げることが必要との結論に達した.学校行事に関する既存研究をベースとして,国家体制や社会情勢・世相との関係をフィールドにおいて具体的事例で検証を積み重ね,「学校」と「地域」の関係を描き出すことで,学校行事が地域文化形成に与えた影響について明らかにできる.このような基本姿勢で本研究の企図するところに応えうる一次資料の発見に努め,3ヶ所で一級と目される資料を発見した.
3.研究対象と得られた知見
 第1ステップは,具体的事例を検証しながら,「学校」と「地域」の関係を明らかにすることである.「修学旅行送り出し側」として『昭和の大合併前の村(三重県東外城田村)』と『戦前伊勢修学旅行を実施していた小学校(愛知県新城小学校)』を選定した.東外城田村では,村(行政・地域)と学校行事が一体化されており,学校と地域の濃密な関係から,小学校の地域文化形成への影響の大きさが明らかになった.新城小学校では,当時の「学校日誌」と「学校文書綴」を資料として学校行事を中心に分析を進めた.情報量が現在と比較して格段に少ない中での子どもたちの修学旅行という非日常の体験が,想像以上に大きな影響を家族や地域社会に与えたであろう背景を,具体的事例をもとに描き出すことができた.次に,この『非日常の体験』とは具体的にどのようなものだったのか.「修学旅行受け手側」の伊勢をフィールドとして考察し,当時の修学旅行の伊勢における誘致手法が戦後の旅行業の団体営業のモデルとなるとともに,団体型周遊旅行の基礎をつくりあげ,『本音と建て前』の旅行行動意識が存在したことなどを指摘したが,詳細は発表時に報告する
4.今後の課題
戦後の修学旅行に関しては,研究機関の設立などもありその成果が蓄積されてきている.しかし,戦前に関しては,都道府県または学校単位での記録はあるものの「修学旅行史」の域を出ないものが多い.本研究を端緒として,修学旅行が日本のツーリズムの基盤形成に大きな影響を与えたと考えられる戦前に関する資料探索と,さらなる研究を今後の課題としたい.
参考文献:白幡洋三郎 1996.『旅行ノススメ 昭和が生んだ庶民の「新文化」』 中公新書 中央公論社

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