日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 102
会議情報

イギリス地理教育における鍵概念の現在と地理学
「地域」から「場所」「空間」「スケール」への転換の意味は?
*志村 喬
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1.問題意識と目的
 2011年度より施行されはじめた新学習指導要領の地理的領域・内容においては,地誌的学習が再び重視されている。この事態は,日本のアカデミック地理学における地誌学の現状と対照的である。報告者が研究してきたイギリス(イングランドを本稿では指す)は,他の欧州諸国同様に地理科・歴史科という分科型社会系教育課程を採用していることもあり,アカデミック地理学思想の影響が学校地理教育に強い影響を与え,その典型は1960年代末~70年代初頭における「新しい地理学」による中等地理教育の革新であった。1980年代~1990年代は,中央集権的・非アカデミックな共通カリキュラム策定・施行により地理学思想の直接的影響は減じていたが,カリキュラム改訂により弾力的運用が可能となった2000年以降は,再び強い思想的影響がみられるようになっている。本発表は,現在施行されている前期中等地理カリキュラムである「ナショナル・カリキュラム地理(2008年版)」等における地誌学習にかかわる鍵概念をとりあげ,現在のイギリス地理教育にみられるアカデミック地理学思想の影響を報告しながら,そこでの地域と地誌学習の捉え方について論究することを目的としたい。
2.地理カリキュラムにおける概念の記載
 イギリス地理教育カリキュラムは,「新しい地理学」の影響を受け1970年代に地誌型(regional)カリキュラムから系統(systematic)地理型カリキュラムが主流となり,地理学習内容として事実的知識に加え概念的知識や技能が重視されるようになった。1980年頃には環境・社会問題を学習対象とした課題型(issue based)カリキュラムと並んで,概念的知識を学習対象とした概念型(conceptual)カリキュラムも類型としては唱えられるようになった。このように地理教育カリキュラムで多くの地理的諸概念が提起・重視されていった結果,とりわけ重要な概念は鍵概念(key concept)として明示されるようになった。特に最新版である2008年版カリキュラムは7つの鍵概念を,学習対象としてではなく,教師の授業構成のための方法概念として明確に提示した概念主導型カリキュラムであり,教師には概念を基礎にした創造的な地理授業づくりが求められている。
3.「地域」から「場所」「空間」「スケール」へ
 2008年版の鍵概念に,日本の地理教育及び地理学で伝統的に重視されてきた「地域(region)」が含まれていないことは驚かされる。regionの喪失は,地理教育改革が進んだ1980年代以降の米国や,国際地理学連合地理教育委員会が1990年代以降に制定した地理教育憲章と比較しても,際だった特徴である(表1)。 この消えた鍵概念regionに代わるものは,place(場所)/space(空間)/scale(スケール)である。代替の理由は地理学における空間論・場所論,並びに教科教育学における(社会)構成主義理論に求められると考えるが,とりわけ前者に関しては,アカデミズム地理学研究者と地理教育関係者の対話が必要であり,本報告はその端緒を企図している。
著者関連情報
© 2011 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top