日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1106
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近世琉球の針図と測量術
*安里 進
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抄録

近世琉球の乾隆(元文)検地(1737~50年)では、高精度で詳細な測量が行われた。その成果として約1/3000の「間切島針図」と各種の測量帳簿が作成され、再測量に備えた印部石(測量図根点)が各間切・島に大量に設置された。明治26年(1893)に、「間切島針図」と各種測量帳簿を見た笹森儀助は、「如斯明細絵図ト帳簿ト完備セルモノ、恐ラクハ往時三百余藩ニ冠タリ」(『南島探検』)と絶賛した。しかし、琉球王国の測量術は王国の滅亡とともに実態不明のまま忘れ去られた。 1980年代から琉球の測量術への関心が高まり、90年代初期までに測量術の解明が進んだ。その後、研究の停滞期をへて2000年代に入って相次ぐ新資料の発見などで、再び展開期を迎えている。 近世琉球の測量術と地図製作は独特である。磁石利用の独自の測量器、十二支を384分割した分度法、「子下小間左少上寄」といった漢字による角度表記、印部石ネットワークの設置、トラバース法による測量、三斜法による求積などの特徴がある。「間切島針図」は、一分五間縮尺(約1/3000)で縦横2m近い極彩色の地図である。海岸線・間切境界・道路・河川・杣山・田畠山野屋敷の境界・公共施設などが記載され、とくに田畠山野屋敷境界や間切境界は実測した無数の測点と測線で正確に描かれている。その精度は、1948年米軍地形図(1/4,800)とほぼ一致する。1742年頃の「今帰仁旧城図」は、現在の同グスクの航空写真測量とほとんどずれがない。 1796年には、間切島針図を縮小編集した「琉球国之図」 (沖縄諸島図)が作成された。いくつかの間切島針図の集合図である「間切集成図」はその作業途中図と考えられる。 近世琉球の測量技術や地図製作を日本・中国・朝鮮との比較する作業が今後の課題になる。また、「間切集成図」や「琉球国之図」のGIS活用は、一部で試験的に試みられており、かなり有望だといえる。

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