抄録
近年流通業界においては,インターネットを利用した通信販売(ネット通販)が注目を集めている。総務省の通信利用動向調査によれば,我が国のインターネット人口普及率は1997年末には9.2%に過ぎなかったが,2009年末には78.0%となっており,過去最高に達している。このようなネット人口の増加を背景にますます注目が集まっているネット通販であるが,管見の限りでは,その空間特性に関する考察・研究が十分に蓄積されているとは言い難い。本研究の課題は,出版物ネット通販の流通システムの空間特性を考察することにある。事例としては大手取次会社であるX社が展開するネット通販サービスを取り上げる。日本の出版物流通は取次会社と呼ばれる企業を介して行われる点に特徴がある。一般に日本のネット書店の多くも,取次会社から商品を仕入れていると言われる。本研究では取次業界最大手に当たる企業であるX社が提供するネット通販サービスを事例として扱うことによって,いわゆるネット書店の流通システムが,実際の店舗を有する書店(リアル書店)のそれといかなる違いを持っているかを検討することを研究目的とする。リアル書店の物流システムにおいては,一般に共同配送と呼ばれる輸送方式が取られる。その理由は,荷量をまとめることで輸送効率を高めることや,新刊書籍や雑誌の早売りを規制することなどにある。早売りが規制の対象となるのは,出版物が一般に同一消費者による反復購入を期待しにくい商品であることによる。X社のネット通販サービスでは,商品の受け取り場所として,消費者の最寄り書店を指定することも可能であるが,商品の配送先が書店か消費者自身かに関わらず,既存の共同配送システムは用いられず,全国展開する宅配サービス業者に配送が委託されている。ネット書店はリアル書店と異なり,基本的に全ての商品が客からの注文(客注)後に出荷されることになるため,リアル書店よりも客注に対する即応性が要求される。また,ネット書店の場合,顧客が全国に分布しているという特徴もある。共同配送はシフトが固定化され,輸送範囲が限定されていることなどから,これらの問題を解決することが困難であった。このため,X社の書籍通販サービスでは商品配送に際し,既存の共同配送システムではなく,時間的,空間的によりフレキシブルな対応が可能な宅配業者による配送が選択されたと考えられる。