抄録
中国の急速な経済発展は,とくに都市部においては,生活水準の向上,生活の質の向上をもたらしている。こうした中で,先進国と同様に食の品質に対する関心は中国においても高まっている。わが国においては中国産野菜の残留農薬問題などの影響で,中国における食の安全性や品質に関する関心は低いと見なす向きも存在するかも知れないが,食の安全に関する関心が決して低いわけではない。こうした状況の中で本発表では中国における無農薬野菜(無公害野菜)栽培に着目した。上記の研究でも食品に対しての消費者意識の高まりが指摘されているものの,中国における無農薬農産物・食品の生産の実態が十分に解明されていないからである。以上のような考え方に立ち,中国における無農薬栽培の実態を明らかにし,それが抱える問題点を検討することに取り組んだ。んだ。河北省保定市定興県から無農薬栽培に取り組む事例を取り上げた。河北省は北京市や天津市に隣接し,大消費地に比較的近い。本事例はこのような大都市の需要を背景に無農薬野菜の産地として一定の地位を築いてきたところである。無農薬野菜の販売ルートは以下の3つ,すなわち(1)観光農園での販売(2)野菜の個別配送(3)外食産業への提供である。(1)は公司が経営する観光農園に来訪した観光客が購入するものであり,観光客は河北省や北京市から訪れているが,収益は多くない。(2)は野菜ボックスと称する12種類の野菜を詰め合わせた7.5kg入りの箱を申込のあった消費者に個別配送するもので,2010年実績で2万箱を出荷したという。販売価格は80元で,うち30元が利益となるというが,1600人を雇用する企業の事業としては大きくはない。(3)は北京の外資系大手ファーストフードチェーンへレタスを供給する事業であり,このチェーンへ食材を供給する系列の企業に農地を提供している。実際の経営もこの系列企業が行い,公司は用地を提供しているだけといえる。ここで着目したいのは,決して経営上で大きな利益を生んでいるとはいえない無農薬野菜事業に対して,公司が少なからぬ投資をし,省や県からの認証やブランドの形成に注力しているということである。その背景に考えられるのは企業イメージの構築,あるいはイメージの取引である。