抄録
ルーマニア南カルパチア山脈のチンドレル山地周辺では、3段の準平原面(ボラスク準平原:2000-2200m、ラウセス準平原:1600-1800m、ゴルノヴィタ準平原:1000-1300m、)及びトランシルバニア高原(500m前後)を利用した伝統的な移牧が行われている。本研究では、標高の異なる草地で植物社会学的な調査を行い、家畜の餌としての特性を明らかにするとともに、植生遷移の観点から草地の維持・管理及び荒廃について考察した。また、森林限界付近の植生配列についても調査を行った。ボラスク準平原には、Nardus など背の低いイネ科を中心とした広大な草地が広がる。草本の組成は単純であり、利用可能な期間も短いが、夏には均一で良質な草を提供する。ラウセス準平原では、Festuca、Deschampsia などの背の高いイネ科が増え、移行的な内容となる。ゴルノヴィタ準平原では、イネ科牧草種Holcus、Lolium に加え、マメ科やキク科などを含む種多様性の高い草地をつくる。放牧地ではなく牧草地として利用する場所も多い。トランシルバニア高原は、高温で生産力が高いので主に畑として利用されてきた。ゴルノヴィタ準平原とラウセス準平原は、人間が森林を切り拓いて放牧用の草地に変えたものである。また、森林限界より上のボラスク準平原では、ビャクシン・シャクナゲ矮低木林(南斜面)とムゴマツ低木林(北斜面)が稜線を挟んで接していたと推定され、現在の草地はやはり人為によるものであろう。なお、南斜面では森林限界が1950mであるのに対して、北斜面では1850mである。本来樹木が生育できる場所を草地として維持するためには不断の管理が必要である。放牧の頻度が減ったり、草地が放棄されたりすると、有毒植物Aconitum、Veratrumや家畜の嫌う不嗜好性植物Cirsium、Carduus、Carlina、Urticaが増える(第一段階)、高茎のAgrotisなどの大型草本が群生する(第二段階)、トウヒ、ビャクシン、ムゴマツなど針葉樹の稚樹が侵入してきて成長し、数十年後には樹林に戻る(第三段階)。このような植生遷移の進行を防ぎ、良い状態の草地に維持するためには、①樹木(とくに上記針葉樹類)の稚樹を定期的に取り除く、②害草(家畜に有毒または家畜が嫌う植物)を積極的に取り除く、などの手入れが必要である。