抄録
モンゴルでは家畜を季節ごとに移動させるから、一年間に利用する草原の面積は広く、必然的に面積あたりの生産性は低いことになる。実際そのような指摘はくりかえしされてきたし、中国の内モンゴルではそのような観点から、耕起、施肥による草原「改良」がおこなわれている。しかし乾燥地における表土の撹乱は荒廃をもたらし、短期的な「改良」により、復元不能な荒廃が起き、持続的利用が不可能になる悲劇が起きている。モンゴルにおいても人口密度が相対的に高い地域や乾燥の度合いが強い地域では植生の荒廃がめだつようになってきている。乾燥地の持続的利用のためには、狭義の「効率」以上に、長期的な草原系維持が優先されるべきであり、効率はその範囲内で追求されるべきである。私たちは従来「非効率」であるとされてきた家畜の移動に伝統的生態知識(TEK: traditional ecological knowledge)を見いだし、これを「遊牧知」と呼ぶこととし、その科学的検証をおこなうことにした。そのために、モンゴル北部のボルガン県において、伝統的移動放牧をさせた家畜(ヤギとヒツジ)の体重と、実験的に可能な限り一カ所に固定させた家畜の体重とを比較した。また、放牧圧の違う草原群落における植物の組成とバイオマスを比較した。 測定開始時のヒツジの平均体重は移動群が36.8kg、固定群が34.9kgで有意な違いはなかった(t検定、P=0.23)。その後、両群とも体重増加したが、翌年の1月以降は減少し、3月に最低となった。その後再び回復したが、5月には移動群のほうが有意に重くなった(P<0.05)。そして6月になると固定群が35.5kgであったのに、移動群では40.9kgと,15%も重くなった(P=0.007)。ヤギの場合、開始時で移動群が平均26.1kgで、固定群の30.0kgより有意に重かったが(P=0.007)、6月には違いがなくなり、移動群は12月に最高値(42.2kg)、固定群は10月に最高値(39.5kg)に達し、移動群のほうが重くなった(有意差, P=0.04)。翌年の春以降、固定群は有意に軽くなった。