抄録
山地における農業形態は垂直的な環境変化を利用した農・林・牧の副業形態であることが報告されてきたが,近年は社会経済状況の変化によって垂直性に基づく土地利用形態も変化しつつある。本研究では,インド北西部ラダークの村落事例に基づいて詳細な土地所有や農業経営に関する資料に基づいて農業形態の変化に関する考察をおこなった。 ラダークの村落では,就労や就学を目的として,若者世代の中心都市レーへの移住が著しく進んでおり,それによって村落の過疎化が生じていた。また,低地インドから安価で輸入される穀物によって主食であったオオムギ栽培の意義は低下しており,オオムギ栽培を軸とした垂直的な農林牧複合経営も衰退しつつあった。 インダス川支流の下流部に位置する村落では,中心都市レーや軍キャンプに販売するための野菜や果樹の集約的な生産をおこなうことによって,農業から現金収入を得る形態を構築しつつあった。一方で,上流部に位置する村落では栽培できる作物や樹種が限られるなかで新たな発展の方向性を模索する途上であった。人びとは,新たな社会経済状況のなかで新たな農業や土地利用の形態を模索しているが,そういった場面でも垂直的に変化する自然環境は大きな制約要因となっており,発展の方向性に大きな影響を及ぼしていた。