抄録
1.はじめに 都市生活の発展とともに、生活用水の水源は「近くにある水」から「遠くからくる水」へと変化し(谷口、2010)、水と人との関わりを変化させている。この現象は、都市同様に水と人との関係が一般的に先鋭化しやすい離島においてもみられる。本研究では、鹿児島県沖永良部島における湧水管理の現状を明らかにし、湧水地の保全活動にむけた取り組みに向けて検討することを目的とする。2.調査方法沖永良部島の湧水地を取り巻く環境とかつての湧水利用の実態を明らかにするために、現在湧水地調査を進めている。記録として残されている約130ヶ所の湧水のうち、90ヶ所の場所と湧水地の名称を特定するに至っている(萩原・元木2012)。また、湧水あるいは暗川での水汲みや湧水利用の状況等について、実体験のある高齢者を中心に住民への聞き取り調査を行っている。その中では、湧水地をめぐるかつての環境、風習などが明らかになってきている。3.湧水地の環境変化と湧水地に対する住民の意識 沖永良部島の集落は、飲料水が得られた湧水や暗川を囲むように分布していることに特徴がある。湧水や暗川から直接得られる水は飲料水をはじめとする生活用水や農業用水として欠かせないだけではなく、沖永良部の生活風習とも大きな関わりがあった。このため集落の湧水地の管理・保全に関して住民の意識は高かったと考えられる。しかし、上水道敷設以降、生活用水としての利用は減り、かつて婦女子の役割とされていた生活用水を湧水や暗川から汲み上げていた日常的な労働の必要性はなくなった。現在、利用されている湧水や暗川をみると、農業従事者による灌漑用水の取水、農機具の洗浄などの個人利用が中心となっている。湧水や暗川は、実際に生活用水として利用されていた時に比べ、湧水や暗川に足を運ぶ必要がなくなったことから、それらの利用機会が減ってきており、それらの存在自体も意識されなくなってきている。若年層においては、湧水や暗川を利用する機会がないために、島内にある代表的な知名町瀬利覚地区にあるジッキョヌホー(平成の名水百選、知名町指定有形文化財)や住吉地区にある住吉クラゴウ(県指定天然記念物)を除いて、自分の住んでいる地区にある湧水や暗川の存在や意味を知らない住民も増えている。また、港湾整備や土地区画整理事業などにより、湧水が埋め立てられた場所では、結果として地域住民の管理がなくなるため、その存在が忘れられる場合が多い。一方、一部の湧水では今でも近隣の住民が野菜などを洗ったり冷やしたり、夏には子どもたちが水遊びをする場所として活用されており、周辺の環境も含めて湧水地の保全が見直されている。また、和泊町では谷山地区にあるアシキブは「あしきぶ公園」として整備されている湧水もみられるようになった。