抄録
1. はじめに
濃尾平野(図1)では,完新世のデルタフロント~氾濫原堆積物の解析に基づいて,過去6000年間に5回地震沈降が発生したこと,および,それらが平野西縁を画する養老断層系の活動に起因する可能性が高いことが報告されている(丹羽ほか,2010;Niwa et al., 2012).本研究では,濃尾平野で掘削された6本のボーリングコア(図1)について,内湾堆積物堆積時の相対的海面変化をコア地点ごとに独立に復元し,相対的海面変化の地点間の差異から地震性地殻変動の広域的分布について検討した.
2. 研究対象試料
本研究で用いるコアは,下位から網状河川堆積物(ユニットA),河口低地堆積物(ユニットB),内湾堆積物(ユニットC),デルタフロント堆積物(ユニットD),デルタプレーン堆積物(ユニットE)と堆積相区分されている(大上ほか,2009).また,合計115試料の14C年代測定値に基づいた堆積曲線が大上ほか(2009)によって報告されている.さらに,KMコアとNKコアに対し,コア深度5 – 200 cm間隔でEC測定を行った.測定方法は横山・佐藤(1987)に従った.YMコア,KZNコアMCコアに対しては同様の方法で測定されたNiwa et al. (2011)のECデータを,KZコアに対しても同様に山口ほか(2001)のECデータをそれぞれ用いた.
3. 相対的海面高度の推定方法
相対的海面高度は,古水深を堆積曲線で示される海底面の標高に足し合わせることで推定した.まず,内湾堆積物のECが塩分指標となり得ること(Niwa et al., 2011),および,現在の伊勢湾では水深が大きいほど塩分が高いこと(藤原,2007)から,内湾堆積物のECは水深指標になると推定される.また,内湾環境終了時の水深を近似するとされるユニットDの層厚とユニットC最上位のECには直線的な関係[y = 5.2 x (x: EC(mS/cm), y: 水深 (m)]が認められることから,この式を用いて7000年前以降内湾堆積物終了時までのECを水深に変換した.古水深と海底面標高の和で推定される相対的海面高度には圧密沈下の影響も含まれるため,内湾堆積物が砂質なMCコアを除く5地点における圧密沈下速度も見積もった.まず,海面高度を近似するユニットD/E境界の標高に人為起源の地盤沈下量(東海三県地盤沈下調査会,2009)や地震沈降量(丹羽ほか,2009)を差し引いて自然圧密による沈下量を推定した.次に推定された自然圧密による沈下量と堆積年代から圧密沈下速度を見積もった.圧密沈下速度は,YMコアで約1.86 mm/yr,KZNコアで約0.72 mm/yr,KZコアで0.43 mm/yr,KMコアで0.29 mm/yr,NKコアで0.31 mm/yrと見積もられた.
4. 結果・考察
古水深と海底面標高の和から圧密沈下による相対的海面上昇量を差し引いた相対的海面変化曲線を図2に示す.7000年前の相対的海面高度は,養老断層系から最も離れたNK地点で最も高く,NK地点の次に養老断層系から離れたMC地点で二番目に高い.平野西部の4地点(YM,KZN,KZ,KM地点)では7000年前以降,相対的海面高度は概ね上昇傾向を示す.また,7000年前の相対的海水準は,ユースタシーとハイドロアイソスタシーのみで仮定した同時期の相対的海面高度(Nakada et al., 1991;図2 – (a))と概ね一致することから,NK地点は養老断層系の活動に対し安定傾向を示す可能性が推定される.7000~6500年前のMC地点の相対的海面高度は1000年ごとに1回,0.5 mの地震沈降を仮定した同時期の相対的海面高度(図2 – (b))と概ね一致する.このことから,MC地点は養老断層系の活動に対し沈降傾向(沈降速度0.5 mm/yr程度)にあると推定される.1000年ごとに1回,1 m以上の地震沈降を仮定すると,相対的海面高度は過去7000年間概ね上昇傾向を示し(図2 – (c), (d)),平野西部の4地点で復元された相対的海面高度の傾向と大局的には一致する.このことから,濃尾平野西部では養老断層系の活動に対し,沈降傾向(沈降速度 1mm/yrのオーダー)を有すると推定される.以上を踏まえると,養老断層系から離れた地点ほど沈降速度が小さく,養老断層系から近いほど沈降速度が大きいと考えら,このことは,濃尾傾動運動(桑原,1968;須貝・杉山,1999)が完新世にも繰り返されてきたことを強く示唆する.